ボードウォークの恋人たち
「水音」

「私は誰にも心配をかけない住処を見つけたの。だから安心していいんだよ」

それに、と言葉を繋げる。「ハルは医学博士として立派に自分の居場所を作ったんでしょ。だから私という二ノ宮の娘は必要ない。近い将来もっと大きな病院の院長の座だって大学教授になることだって夢じゃない。愛のない婚約なんてしなくていいの。自分の大事な人と結婚できるんだから」

「何言ってるんだ、お前」

唖然とするハルに
「学会発表、大成功だったんでしょ。おめでとう。二ノ宮病院の院長なんてちっぽけなものもういらないよね。だからハルは大事な人のところに戻ってちょうだい。私は私の幸せを掴むの。もう私に構わないで」
嫌味を込めてびしりと言うと、ハルの表情が凍り付く。

「水音は勘違いしてる。きちんと話をしよう。マンションに戻るんだ」

一歩私に近づくハルに私は後ずさりして拒絶する。

「いやよ」

「水音」

「絶対に嫌。先に約束を破ったのはハルじゃない。私は絶対に戻らない」
冗談じゃない、あんな甘ったるい香水のにおうマンションになど絶対に帰るもんか。

「私、疲れてるの。もう帰っていいよね」

「まだ話は終わってない」
苦虫を嚙み潰したような顔をしたハルがまた一歩私に近付いてくる。

もう嫌だ。

「だから、甘ったるい香水の匂いをぷんぷんさせて私に触らないで」
私の腕に手を伸ばしてきたハルの腕を払うと吐き捨てた。

気が付いていなかったのだろうか、自分が纏っている彼女の残り香に。今日もずっと一緒にいたのだろう。香りが付くほど近くで。
呆然とした顔のハルを置き去りにして私はタクシー乗り場に駆け込みすぐに乗り込んだ。

タクシーが走り出してからも鼻呼吸をするとハルにまとわりついていたあのニオイが私にもうつったようで気持ち悪い。いつもの呼吸ができるようになったのはホテルのシャワーで全身を流してからだった。

ーー最悪。
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