ボードウォークの恋人たち
「知らなかったのか」

二ノ宮の父が小さく首を振った。
少し言おうかやめようか迷っている様子を見せ「医師会で二ノ宮総合病院の近くに新しい病院の建設計画があるって話を聞いてね」と口を開いた。

「アメリカ留学から戻ってくる若い内科系の医師二人が中心になって開く病院だって言うからもしやと思ってちょっと調べたんだ。経営者は医学関係者じゃなくて企業投資家だって言うし。そうしたら聞いた名前は治臣くんのお母さんの再婚相手だった。若い医者の夫婦が院長と副院長になって開業すると聞いた人もいると」

それはもしかして、俺と沙乃のことか。
知らないところでそんな計画があったとは。
「俺はそんな話は聞いてませんが」

「ああ、うん、結果的にはそうみたいだね。実際、話が出ただけで医師会の皆もろくな臨床経験もない若い医者が二ノ宮総合病院の側に大きな施設を開業するのかってことで実現不可能な話だって思ってたことで話が広がらなかったんだろうけどね。ただ、あのまま来年治臣くんが帰国した時に君の義父や実母の計画が引き返せないところまで進んでしまっていたら、今よりメンドクサイことになるのは目に見えていたし、ここで水音との関係もはっきりさせるいい機会だと思って。」

「・・・全く知りませんでした」

「開業する土地の目星はついていたらしいから本気だったんだろうね。ただ、それなりの規模の病院を開業するなんてそんなに簡単にできることじゃない。パラメディカルや医療機器の手配、やることはいくらもある。それを違う業界の人間がそんなに手早く準備できるものじゃないから。それが治臣くんが希望した未来ならいい。でもそうでないのなら・・・」

二ノ宮の父は顔をくしゃりと緩めた。

「わたしも君を手放したくなかったんだろうな。水音と結婚するしないに関わらず君には自由に羽ばたいて欲しい、だけどその姿を近くで見たいと思ってしまうほど大事な息子だと昔から思っていた」

二ノ宮の父の思いがけない言葉に身体が震える。

「おじさんーーーお義父さん、ありがとうございます。そんな風に思ってもらえていたなんて…知りませんでした」
有り難いという思いと肉親のように愛されていたことを知った喜びで目の奥が熱くなる。

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