ボードウォークの恋人たち
去っていく大江さんを止めることもできず、ハルに後ろから抱きしめられた状態のまま怒りに震えながらも二度、三度と深呼吸をして何とか息を整えた。
その間もハルは私の身体を拘束したままだ。

「すみませんが、身体を離していただけないでしょうか」

とても、とても丁寧に言ったつもりだ。
なのに、
「やだ」
戻ってきた返事はシンプルで、子どもっぽいものだった。

ふざけんなよ。
カッとして肘鉄を入れようと右手を振り上げようともがきながら両足を踏ん張った、はずだったのだが・・・
ハルの男の力の前では無力だった。
くるんっと私の身体は180度回されてあっという間にお互い正面を向き合う体勢になり目の前が暗くなる。

両頬が温かいなと思ってすぐに唇まで温かくなった。
なぜーーーーー

唇に感じた温かい感覚は湿ったものになり、やっと脳が理解した。
ーーキスされてんじゃん!!!

どんっと胸をどついてやろうとしたけど、この体勢ではとんっと当たったくらいだろう。
脛を蹴ろうとしたけど、着物の裾が邪魔で足が上がらない。

くくくくくっ
唇を離したハルが私をバカにしたように笑い出しまたぎゅうっと私を抱え込んだ。
今度は正面から!!

「さいってー。最低、最低!女の敵」

悔しくても身体を抱え込まれていては殴ることも蹴ることもできない。おまけに何よこの振袖!完全に私の動きの邪魔をしてるし。
自由に動くのはこの口だけ。そんな私をくくくっと面白がってるハルの笑い声が追い打ちをかけてくる。

「離してよ、このばかっ、ボケ、はげっ」

途端にハルの身体がびくりと反応した。

「---水音」

え、これ誰の声?と思うような低い声がしたと同時に私はひょいと持ち上げられ、ぎゃっと声を上げそうになった。

これは所謂お姫様抱っこというものでは。
今度は何されてんの、私。

「ハル、ハル、ハル。ねえ、何これ。ねえねえ」

ハルは黙って私を抱いたまま歩き出した。

「ハルってば」

「水音、うるさい。黙れ」

ハルは足を止めない。
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