ボードウォークの恋人たち
「待って、そこのドアから向こうはホテルの建物の中だから。人がいーっぱいいるから。こんな格好はおかしいから。ねえ、どう考えてもおかしいから」

私を抱いて中庭から屋内に通じるドアに向かってスタスタと歩いていくハルに焦りが募っていく。
それ以上向こうに行ったら宿泊者だけでなくレストランやカフェを利用するお客さんたちがいっぱいいるはずだ。

「お前が悪いんだろ。俺は暴れるなって言った。お前の着物の裾がどういう状態になってるかわかってんのか。それに・・・禁句を言った」

え、着物の裾?暴れたせいで・・・ホントだ、乱れてる。
それに禁句って・・・・ああ、まだアレ(・・)気にしてたんだ。

「それに人目を気にするのはもう遅い」

ん?遅い?
顔を上げると、ハルがニヤリとした。

「俺たちのラブシーンはとっくにお披露目されてるよ、ガーデンカフェの皆さんに最初(・・)から」

くいっと顎で示された方向に目をやって状況を判断した途端、顔から火が吹き出すかと思った。

私たち三人がいた辺りのすぐ後方、オリーブやミモザ、モッコウバラのアーチやトピアリーに囲まれていてわからなかった向こう側にはウッドデッキがありオープンカフェスペースになっていたのだ。
遊歩道に近いテーブルにいた皆さんは揃って興味深げにこちらを向いていらっしゃる。

木々の向こうで少し離れてるとはいえ、しっかり見えていただろう、私とハルのあれやこれ。
声が聞こえる距離ではないことは救いだけど。

女性グループはハルのイケメンなお顔にうっとりしているけれど、これから結婚式に参列するのであろう礼服の若い男性たちは目を丸くして、年配の人たちは顔を顰めている。

「ほら、恥ずかしかったら顔を伏せとけ。とりあえずここから撤退」
「・・うん」

素直にハルの言葉に従って身体を縮め、なるべくオーディエンスの皆さまから顔が見えないようにハルの胸に顔を向けた。

途端に香るハルの匂い。
爽やかな洗剤に汗が混じったようなお日さまみたいなニオイ。
なんだかとても懐かしい。幼い頃に戻ったみたいだ。

私がおとなしくなったせいで歩きやすくなったのか、ハルの足取りはしっかりしていて安定感抜群。
エレベーターもほとんど待つことがなく乗れた。

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