ボードウォークの恋人たち
6年振りに帰国し、実家に帰らず空港から向かったホテルで休息をとろうとしたら偶然そこで私が見合いをしていたとか、ロビーで母に偶然会って私の着替えを渡されたとかそんなこと有り得る話だろうか。

海外にいる間も母と連絡を取り合っていたのかと聞けば否定され、だったらこの引っ越しはどうやって仕組まれたのかと聞けば帰国の挨拶に二ノ宮の家に行ったらちょうど母とそんな話になったとか何とか。
水音は意地っ張りだからセキュリティの話をしても納得しないはず、だったら強引に引っ越しさせてしまおうとか。
でも、嫁入り前の娘を独身男性の家に行けってさ、それは母親としてどうなんだろうと思うよ、ホント。

でも、あの母のことだ。ちょうどいいからハルに私を押し付けようとか思っていそう。ハルが本当の息子ならいいのにっていつも言ってたし。

「全部お母さんの計画?」

「いや、そういうわけではないよ。でも今の水音には秘密。知りたかったら誠心誠意を込めて治臣に聞いてみるといい」

もう聞いたし。教えてもらえなかったわ、何が誠心誠意よ。

「とにかく治臣は今帰国したばかりで忙しいんだから、家賃代わりに面倒見てやれよ。持ちつ持たれつ、win win、ギブアンドテイク」

どうやら兄に引っ越し費用を貸してくれる気はなさそうだ。
はぁっと諦めのため息を落とすと同時にノックの音がした。

「どうぞ」の声と同時に兄の雰囲気が変わる。
引き締まった顔をして背筋がすっと伸び、さっきまで妹をからかう兄だったのにどこから見ても大グループの経営を背負って立つ大人になった。

さすが次期代表。

秘書さんが兄に次の予定を告げたので急いで私も席を立った。

「いきなり来てご迷惑をおかけしました。帰ります」
お見送りしますと言った秘書さんに頭を下げて断りを入れる。押しかけた上にそこまで迷惑をかけるわけにはいかない。

「暁人お兄さま、お仕事頑張って下さいませ」

私が使ったことのないお嬢さま言葉を口にすると兄は肩を震わせて笑いを堪えていた。
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