ボードウォークの恋人たち
「困った事があったなら早く頼ってくれればよかったのに」
「詩音がハネムーンだったからでしょ。ホントにまるまる一ヶ月も蜜月で日本にいなかったからじゃない。新婚でしかも日本にいない幼なじみをどうやって頼れって言うのよ」

私が唇を尖らせて抗議すると、詩音が慌てて「そうだった、ごめん」と肩をすくめて両手を合わせる。

詩音は普段ヨーロッパと日本を行き来しながら活動している画家さんだ。
まるで外国人のバケーションのような約一ヶ月間の新婚旅行から半月前に帰ってきていた。忙しい詩音と夜勤のある私ではなかなか予定が合わず、やっと今夜久しぶりに会ったというわけなんだけれど。

彼女の旅行中に何度かメールのやり取りをしていたけれど、心配させたくなかったので私の状況は伏せていた。だから今夜は会わない間に何があったのかをぐちぐちと聞いてもらったのだ。

その間、詩音はほとんど口を挟まずちびちびとアルコールに口を付けつつ聞き役に徹してくれた。
昔から変わらない聞き上手の詩音。

「ちょっと前から考えてたの。やっぱ無理だよねって。それにまた言われちゃった。”あなたみたいな美人でもない女が彼の近くにいるな”って。”二ノ宮の娘だからって図々しい”って」

「え、何それ。一体どこのどいつに言われたの」
詩音の綺麗な細眉がつり上がり、カウンターテーブルの上においていた私の手が詩音の細長い指の綺麗な手にぎゅっと握られる。

「わかんない。知らない女の人だった。名乗られなかったし私も向こうの名前を聞かなかったの。でも向こうは私のこと知ってたみたい。先週仕事を終わって病院出たところで声かけられて。わざわざそんなこと言いに来るって相当だよね」

「知らない女にそんなこと言われたの?!」
詩音の眉がさらにつり上がり、エクステなしでたわわに茂っているくるりとカールした詩音のまつ毛がさらに上を向いた。

「それにうちの院内ももうダメかな。最近入った薬剤師さんに”舘野センセイとは政略結婚ですか?見た目が釣り合いませんけど”って嫌味を言われたりして。私は自分から婚約者だなんて言ってないし認めてもいないのに。---ホントにもうヤダ」

「みーお」
詩音が私の背に手を回し宥めるように擦ってくれる。
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