Sweetな彼、Bitterな彼女

「ちょ、ちょっと詩子っ!」


元カレとは先月別れたばかりだ。


「まさか、浮気されたくせに、『愛されていた』なんて、馬鹿げたこと言わないわよね?」

「うっ……」


憐れむような視線を寄越され、言葉に詰まる。


「美味しいもの食べさせるって約束するから!」


熱心に訴える蒼に、絆された。


(美味しいものに釣られたことにすればいいか……)


「……わかった」


わたしが頷くと、蒼はほっとしたように笑う。

その笑顔は、かわいいのひと言に尽きた。


(ああ……どんどん深みにハマっている気がする……)


「ありがとう! あ、詩子さん、クッキー食べて! 紅、仕事終わりに、迎えに行くから!」


社食中の視線は、再びクッキーを配り始めた蒼とわたしの間を行ったり来たり。


(……早く、オフィスに戻ろう)


一刻も早く、静かな場所で、乱れた鼓動やその他を落ち着けたい。

財務経理部は社屋の奥まった場所にあり、社内外の人間が頻繁に顔を出すこともない。

しかし、そそくさと安住の地に退散しようとしたわたしに、蒼が念を押す。


「紅、絶対に定時で上がってよ! 残業してても、連れ出すからね!」


わたしの背中に、再び女子社員たちの視線が突き刺さったのは、言うまでもない……。

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