Sweetな彼、Bitterな彼女

「かわいいわねぇ」


社食を出るなり、詩子がくすくす笑い出した。


「どこがっ!? あれ、確信犯でしょうっ!?」

「そりゃそうでしょうよ。ほかの男どもを牽制するには、『これは、俺の獲物だ!』とはっきりさせるのが一番だもの」 

「あのねぇ、詩子……三つも年下なのよ? どうこうなるなんて、あるはず……」

「恋をしない条件を探すなんて、それこそ恋をしている証拠じゃない?」

「恋なんか、してない」

「あんなに一生懸命なんだから、一度くらい付き合ってあげてもいいんじゃないの? どうするか、性急に決める必要はないんだし。それとも……怖い? 本気になりそうで」


詩子の言葉に、ギクリとした。


わたしを見ると、蒼はあからさまに嬉しそうな顔をする。

話す声が、ワントーン明るくなる。

いつだって、こちらが照れてしまうほどまっすぐに、見つめてくる。

駆け引きなど、ない。
人目を気にして、装うこともない。

蒼のわたしに対する気持ちは、いつだってはっきりしていた。

気づかいないフリなんて、できない。

――揺さぶられずにはいられない。


「紅は、なんでも難しく考えすぎ。一度くらい、恋に溺れてみたら?」

「イヤよ。ほどほどの付き合いがいいの」

「ほどほどの付き合いでは、ほどほどの満足しか得られないと思うけど?」

「それでいい。何事も、ほどほどが一番でしょ」


人の心は欲張りだ。

恋愛にのめり込み、溺れるほどに欲しいものが増えていく。

そして――飢えと渇きにもがき苦しんで、理性を失い、愚かな行為に走ることになる。



あの人のように。



「蒼くんは、『ほどほど』では満足しないと思うけど?」

「でしょうね。だから、わたしなんかと付き合っても、どうせすぐに飽きるわよ」


階段を上るわたしとは逆に、下る詩子がふいに叫んだ。


「ねえ、紅!」

「何よ?」


こちらを見上げる詩子は、「肉食」の笑みを浮かべた。


「一夜の過ち、犯してみれば?」

「は?」

「紅が、自分の気持ちを知るには、それが一番早いと思う」


< 23 / 130 >

この作品をシェア

pagetop