"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


ぐ、と引っ張ってみる。最初は力がいるが、ある程度の力を加えればスポンと抜けた。

初めの二本は反動で尻餅をついてしまったが、三番目からは踏ん張ることに成功し、全部で五本を収穫した。

どれも立派に育っていて重い。
葉っぱの虫食いもなく、白い部分も痛みは殆どない。

どれも一人ではできなかったことだ。

雑草を抜くのも、庭で何かを育てようとするのも、畑を耕すのも、害虫が来ないように対策をするのも全部。

琴音がいなかったら出来ていない。


文化祭から約一ヶ月近く経とうとしているのに、会ったのは数えるほどだった。元々の生活リズムが違うのも理由の一つだが、俺が意図的に避けていたのが大きい。

一ヶ月間、殆ど会わないことで心は落ち着いた。

未だ彼女はいないし、新しく誰かを好きになったりはしていないが、もうそろそろ、会っても大丈夫だと思う。

まだ何本か畑に埋まっている大根もあるし、一人で食べきれる量じゃない。

実家に送るのは面倒だ。だからといって、家族ならまだしも大学で配るのは違う気がする。

これは琴音が与えてくれたものだ。
貰ったものを横流しにすることはできない。

量は多いが、誰かに与えることもできない。

それならば、報告も兼ねてお礼に渡しにいこうか。
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