"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


全く同じ作りをした隣の平家の前に立つ。
俺も表札を出していないが、お隣も出していない。

郵便物の誤送とかありそう。ネット注文したものが届かない時は要注意だな。

引っ越してきて初めて隣のインターフォンを鳴らすから、バクバクと心臓が音を立てる。ウロウロしていても不審者のようだし、ここはパパッと渡して帰ろう。

勇気を出してボタンを押せば、思っていたよりも大きく音が鳴ったような気がした。


『はい』

機械を通して聞こえたのは女性の声。
琴音の声だ。

よかった。旦那さんの方じゃない。
ホッとして息を吐いた。

『町田くん?』

「あ、そうです。すみません。今お時間ありますか?秋に植えた大根を収穫したんです」

『すぐ行くね!』

間髪入れずに返事が来たかと思えば、パタパタと足音が聞こえて来る。ガラッと勢いよく開いた扉から上着も着ずに琴音が出てきた。

互いに挨拶をした後、俺は袋の中から大根を取り出して見せる。収穫した中で一番形も色も良いものだ。

「わ〜!よかった!ちゃんと育ったんだねぇ」


まるで親戚の子供が記憶にある時よりも成長していて、思わず出たかのような言い方だ。

相手は大根なのに。


でも、なんとなく気持ちがわかる。

種から芽が出て、葉っぱが出て、実になって。毎日ほんの少しずつ変わらないのに、気づいたらものすごく成長していた。

毎日見ていても、あれ?いつのまに?って。


「相沢さんがアドバイスしてくれたおかげで一つも枯れずに育ちました。種をくれたのも、畑を耕してくれたのも相沢さんなので、お礼にって言うのもおかしいんですけど、よかったら貰ってください」

「いいの?ありがとう!」

受け取った袋の中の大根を見つめ、「何を作ろうかなぁ」と呟く琴音。
俺も何を作ろう。
料理サイトを見ればなんとかなるか。

そういえば、酒井から貰ったお土産のインスタントラーメンがまだ残っている。大根と一緒に食べてみるのもありかもしれない。


「町田くんは今日は何を食べるの?」

「野菜ラーメンにしようかな、と」

「寒くなってきたし、いいね!」

そう言った琴音の鼻が赤くなっている。
互いの息も白い。

琴音は上着を着ていないので、このまま世間話をしていては風邪を引いてしまう。

名残惜しい、というのが本音だが、これでお終いだ。


「それじゃあ、俺はこれで」

ありがとうございました、とお礼を言って背中を押して向けた。

だが、後ろから「町田くん」と、名前を呼ばれて振り返ってしまう。


「この大根は、君が毎日一生懸命に育てたからここまで成長したんだよ。私はきっかけを与えただけで、これは全部、町田くんが成したものだよ」


ニコリと琴音が笑う。


「ありがとう!またね」


そう言われて俺は頷く他なかった。
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