溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を




 「………そんなはずない。そんなはずは……」


 風香は、タクシーの中でそう呟いた。
 柊を信じている。彼はそんな人ではない。

 けれど、頭の中がぐじゃぐじゃになり、思考がおかしくなってしまっているのだ。

 記憶喪失。メモリーロス。宝石。不法侵入。鍵………いろいろな事が頭の中を過っていく。
 けれど、それでも本当の事などわかるはずもないのだ。





 タクシーから降り柊の部屋に戻ると、重たい体のままふらふらと歩き、リビングのソファに座る。
 そこに座るとわかる。
 以前とは違う風景。

 昔飾った2人の写真立ても旅行のお土産もない。キッチンには違うお揃いのマグカップ。
 同じようで違う部屋。

 そして、そこに住む2人も違っているのかもしれない。
 柊は過去を忘れ、風香は彼に本当の事を聞けない。偽りの関係。


 「もう………嫌だよ………どうしてこうなっちゃったの………柊はどこに行ったの………」


 風香はその呟き、ソファに座りながら頭を抱えた。
 また深く考え込んでしまったからか。和臣のメモリーロスを見てしまったからなのか。
 気づくと風香は頭に重い痛みを感じた。気づいてしまうと、さらにそれは痛みを増す。



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