溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を




 「そんなの嫌………」


 彼が覚えてくれてなくてもいい。
 自分は柊が好きなのだ。
 メモリーロスで記憶がなくなってしまったって、きっとまた思い出してくれるはずだ。
 彼の奥底には、きっと鍵をかけられた箱の中にいる自分がいるはずなのだから。
 だから、今は彼が戻ってくるのを待ってみよう。

 今は柊が元気に戻ってきてくれて、そしてまた会えたことを幸せに思うべきなのだ。

 風香はそう思い、ドキドキしながら通話ボタンを押した。

 3回目のコールの後、慌てた様子で『はい』という声が聞こえた。電話越しの彼の声。久しぶりに聞いただけで嬉しさが込み上げてくる。


 「突然、すみません……あの………」
 『風香さん?あぁ……よかったです。もう電話はかかってこないかと思ってました』
 「ご、ごめんなさい。遅くなってしまって」
 『いいんです。俺がかっこつけて電話番号を聞かなかったのが悪いんです。でも、嬉しいです。電話、ありがとうございます』
 「いえ………」


 柊の声が弾んでいるのがわかり、風香は思わず頬が緩んでしまった。


 『風香さん、突然ですが明日の昼のご予定は?』
 「えっと仕事をする予定でしたが、フリーなので時間は取れますよ」
 『そうですか。実は夜勤明けで今仕事が終わったばかりなんです。今日は急なので、もしよかったら明日、一緒にランチを食べに行きませんか?』
 「はい。ぜひご一緒させてください」
 『よかったです。では、風香さんの最寄りの駅に正午に待ち合わせはどうでしょうか?」
 「はい、楽しみにしてます」
 『俺もです。それでは、また明日』


 そう言って柊との通話が終わった。
 本の数分の電話だったのだろう。けれど、風香はまた彼の声を聞き、デートに誘われてしまい満足感に浸ってしまう。
 こんな状況で、楽しみだと胸踊らせてしまうのはおかしいのかもしれない。不謹慎なのかもしれない。
 けれど、いなくなってしまったと思っていた彼に会えるのだ。楽しみではないわけがない。



 「明日、楽しみだな」


 そう呟いた後に、明日の事を想像しながら、ボーッとしたまま仕事を行った。もちろん、いつもより時間がかかってしまったのは、言うまでもやく明らかだった。





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