溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
19話「苦い思い出」





   19話「苦い思い出」



 輝はマンションのエントランスから出てきたようだった。風香は、驚きのあまりその場から動けなくなってしまったが、彼がキョロキョロしながら、何かを探しているようなのをジッと見つめた。その姿を見て、風香はようやく空だを動かし咄嗟に近くの建物に隠れた。
 遠くからこっそりと彼の様子を伺うと、輝はしばらくの間、マンションの周りやエントランスをうろうろしていた。
 やはり何かを探しているようだった。


 このマンションに来る理由は、風香しかないはずだ。何故、自分を探しているのか検討もつかなかった。彼と付き合っていたのは大分前の事だ。そして、恋人だったが、彼の方から別れを告げてきたはずだ。それなのに、どうして今さらこの場所に来るのか。
 風香は不思議で仕方がなかった。
 彼がマンション付近にいる間、風香は息を殺して彼がいなくなるのをジッと待っていた。




 彼がいなくなったのは、しばらく経ってからだった。数分しか経ってないはずだったが、とても長い時間のように風香には感じられた。
 幸い、輝は風香が居た場所とは反対の方へと去っていた。彼の姿が見えなくなった瞬間、風香はすぐに駆け出し、彼が戻ってこない内にマンションの中へと戻った。
 エントランスに入ってしまえば安心なはずだったけれど、エレベーターに乗り、部屋に戻るまで風香、恐怖に教われてしまっていた。


 風香は部屋に駆け込み鍵を閉めると、そのままその場に座り込んだ。


 「どうして………輝がここに?」


 疑問に思いながらも、風香の頭にはある1つの疑惑が沸いていた。
 彼は風香の自宅を知っている。そして、ガーネットを持っているのを知っている。
 鍵は持っていないにしても、付き合っていた頃には何度か自宅にも来ていた。スペアキーを作る機会など何度もあったのではないか。

 そんな風に彼を疑ってしまうのだ。
 そして、「何を考えてるの……私……」と、あまりにも突飛な想像に、自分自身に嫌悪してしまう。


 「………まさか、違うよ。そんな事ない………」


 風香は、そう呟きながらも、その考えは大きく大きく膨らんでしまうのだった。






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