那須大八郎~椎葉の『鶴富姫伝説』~
 梶原景時は赤子を抱き抱え、由比ヶ浜へと抜ける林の中の小径(こみち)を歩いていた。
 そこへ一人の若い女が
「大八郎、大八郎。」
と叫びながら飛び出してきた。
 景時は本能的に赤子を庇った。これから自分はこの赤子を砂浜に埋めてしまうと言うのに何故庇うのかとおかしかった。何の罪のない赤子はやはり守るべきものなのだ、これが人間の(さが)なのだろうと思い知らされる。
 泣き顔の女は正面からゆっくりと影時に近づいてきた。赤子や景時に危害を加える様子はない。ましてやこんな昼間から物怪(もののけ)(たぐい)が現れるはずもないだろうと景時は伸ばしてきた女の手を振り払わなかった。女は赤子を優しく抱き上げ、
「大八郎、ここにいたのね。」
としゃがみこんだ。

 どうしたものかと考え込む景時の前に今度は女と同じぐらいの歳の若い男が現れた。
 男は景時に向かって、
「申し訳ございません。すぐお返しします。」
と言うと、しゃがみこんだ女の前に自分もしゃがみこんで言った。
「お前の子供はもういないのだよ。お返ししなさい。」
 女は男の話を聞いていないのか、
「大八郞、私の大八郞。」
と繰り返し言った。
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