那須大八郎~椎葉の『鶴富姫伝説』~
 梶原景時は若い男に尋ねた。
「お前たちは夫婦(めおと)なのか。」
 若い男が答える。
「この女は妹でございます。妹は先日、生まれたばかりの子を亡くしてしまいました。それで気が動転しているのです。どうかお許しください。」
 女は二人の会話を聞いている様子もなく〈大八郎、大八郎。〉と言いながら、頭を優しく撫でたり赤子の額に自分の額で触れたりしている。

 景時は腕を組み、赤子をまるで我が子のように抱いて声をかける女を見ている。その姿にこれは天の巡り合わせかと思いたくなった。
「それは気の毒にな。見ているこちらにもその娘の気持ちが伝わってくるぞ。その娘の亭主もさぞかし心配しておるであろう。」
「それが娘の夫は、つまり私の義弟(おとうと)は壇ノ浦の合戦で傷を負いまして、その傷が元で妹が身ごもるとすぐに亡くなってしまったのです。義弟は妹に〈後の事は頼む。〉と言っておりましたのですが、その赤子まで亡くなって妹は気が動転しております。」

 景時の決心は付いた。
「実は皮肉なものでな。この赤子の父も既に亡くなっておる。そして母はその子を産むと同時に亡くなってしまったのだ。これは運命かもしれん。お前らでその子を育てられぬものか。」
 若い男が言う、
「そのような事が許されるのでありましょうか。」
「その方が仏も喜ぶのではないか。娘の方はどうだ。」
 景時は男に話しかけた後、女の方を見て言った。
 女は景時には視線を向けずに、相変わらず
「私の大八郎。」
とだけ言った。梶原景時は
「後は任せたぞ。」
と言いとその場を去った。
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