恋人のフリはもう嫌です

 そのまま優しく、壊れ物を扱うように、彼は私に触れた。
 次第に甘い吐息が漏れ、彼の体にしがみつく。

 ゆっくり溶かされるように触れる彼の刺激に体を捩らせ、短い悲鳴を上げた。

「え」

 驚いたような彼の声が聞こえ、思わず口走った。

「ご、ごめんなさい。私、その、初めてで」

 彼が僅かに体を揺らし「そっか。ごめん」と謝った。

 嫌だ。謝らないで。

 胸の痛みは声にならず、彼は離れて行く。

 気づかなければいいのに、微かなため息を漏らしたのがわかってしまった。

 泣きたくないのに、勝手に涙がハラハラとこぼれ落ちる。

 身代わりだっていい。
 そう覚悟した思いは、彼の慰めにもなれない現実を突きつけられ胸を締め付けた。

 初めてだって悟られないような演技くらい、すれば良かった。
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