恋人のフリはもう嫌です

 肩をたたかれ、目を開ける。
 美しい顔がすぐ近くまで覗き込んでいて、息を詰まらせた。

「よだれ」

 呟かれた言葉に慌てて口元を押さえると、彼は美しい顔を崩して笑った。

「ハハ。冗談」

 不意打ちの悪戯っぽい顔は、心臓に悪い。

「頭、少しはクリアになった? ダメ押しの眠気覚ましに、ミントタブレットいる?」

 タブレットケースを振り、音を立てながら私の前に差し出されるミントタブレット。

 キスもサービスで。とは、今回は言われなかった。

「今から向かうところは、取引したい本命の会社だから。気を引き締めて」

 知らなかった事実を知り、背筋が伸びる思いがした。

「はい。頑張ります」
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