恋人のフリはもう嫌です

「はい。藤井に変わりました」

「松本機器の松本です。お世話になります」

「いつもお世話になっております」

 電話は松本さんからだった。
 お勧めした説明書きの件なら、私にもわかる。

「よかった。藤井さんと話せて。俺、今、外で」

 フランクな言葉遣いが、松本さんの人懐っこい人柄を思い出させる。
 けれど、ここは職場の上に仕事中だ。

「さきほどはお時間をいただき、ありがとうございました。説明書きの件でしょうか」

 丁寧な対応を心がけ、彼の反応を待つ。

「いや、ごめん。俺、藤井さんの連絡先、これしか知らなくて。メールより直接話したかったし」

 電話口から漏れ聞こえる内容を耳にした、隣に座る吉岡さんが私に目配せをした。
 そしてそっとメモを渡してくれる。

『大丈夫? かわろうか?』

 どうしようと悩んでいる私とは裏腹に、松本さんは話し続けた。
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