恋人のフリはもう嫌です

 職場に戻っても、さきほどの透哉さんの優しい眼差しと、彼が松本社長に話した、引っかかている言葉が交互に浮かぶ。

『まだ結婚は』
 まだ、というのなら『いつか』はあるのかな。

 彼に結婚願望も、ましてや、好きな人との子どもがほしいという感情も。
 彼は、持ち合わせていないのかもしれない。

 そもそも、家族を持ちたいという感覚さえも、彼には無さそうだ。

「藤井ちゃん。外線1番に、松本機器様よりお電話」

「え。私ですか?」

 吉岡さんに言われ、現実に引き戻される。
 電話の音にも気付けなかった。
 仕事中なのに、ぼんやりし過ぎだ。

「対応は西山がって、言ったんだけれど」

「出ます」

 私は気を引き締めて、受話器を持った。
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