転生人魚姫はごはんが食べたい!
「姉さーん、マリーナ姉さーん……そろそろ泣き止んではくれない?」

 顔色を伺うと涙目で睨まれた。

「鹿言わないで! これが泣かずにいられる!? 妹が人間になってしまったのよ!」 

 現在、私たちは水槽越しに会話をしている。隠し部屋にいるのは私たち二人だけで、旦那様はマリーナ姉さんを海に帰すための手筈を整えてくれていた。大きな水槽を運ぶための荷馬車、信頼のおける人間、そして何より夜会が終わるまでは目立った行動が出来ないと予め告げられている。おかげで私たちはゆっくり話し合うことが出来た。

「久しぶりの再会なのよ。妹としては笑ってほしいわ」

「そんな風に可愛くおねだりしたって駄目よ!」

 とはいえ旦那様が立ち去ってからというもの、繰り返すのは同じ会話ばかりだ。普段大人しい印象のマリーナ姉さんだからこそ、怒らせてはいけないと改めて思う。

「泣かないで、姉さん。レイシーにも言ったけれど、人間だって長生きなよ。いつか終わりが来るとしても今日明日のことじゃないわ。何年も先の話で」

「そんなのすぐよ! ねえ、本当にわかっているの? 貴女、永遠の命が惜しくはなかったの? 王様にだってなれたのよ!」

「私はこの選択を後悔したことは一度もないわ。素敵な旦那様に恵まれて、美味しいごはんを食べさせてもらえた。そしてもう一度、マリーナ姉さんに会うことが出来た。今のところ人間になって良かったことしかないわ」

 でも唇を噛みしめて眉を寄せるマリーナ姉さんにはきっと伝わっていないのでしょうね。

「いいえ、きっと貴女は後悔する。いつか女神様に許しを請う日が来るのよ。ああ、可哀想なエスティ……」

「心配してくれてありがとう、マリーナ姉さん。でも私は今、幸せよ。こんな私のことを好きだって言ってくれる人もいるしね」

「エスティは騙されているのよ!」

「そうかもしれないわね」

「ほら!」

「でも、たとえ騙されていたとしても私は後悔しないと決めているわ。あの人と取引を成立させた時点で、私はあの人を信じるって決めたのよ。それにいざとなったらいつものように上手く逃げてみせるわ」

 助けた人間に捕まりそうになったことだってある。そんな時、私はいつもこの力で人間の手を逃れてきた。心配そうに名を呼ぶ姉の不安を癒すには及ばなかったけれど。
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