転生人魚姫はごはんが食べたい!
「君以外に誰がいるのさ。まさか僕? 確かに僕は可愛いし、女の子の格好だって完璧に似合っちゃうと思うけど、君しかいないでしょ!」

 旦那様との仲直りの条件が成立したようで、いつの間にか矛先が私に向いていた。エリク様は腰に手を当て私を睨んでいる。

「僕が最初に言ったこと、忘れていいから」

「最初……?」

 最初に言ったこと……もしかして、大したことないとか、旦那様にちょっかいを出すなという牽制の話?

「ていうか忘れて! じゃあね! 夫婦仲良くごゆっくり!」

 エリク様は相変わらず不満げに口を曲げながら部屋を出て行こうとする。

「おいエリク! 仕事の話はいいのか?」

「そんなの後でいいよ! お嫁さんと仲良くごはん食べてれば!?」

 言葉はつんけんしているけれど、心遣いは優しさに溢れていた。きっといい人なのだろう。こんなにも食事の心配をしてくれるのだから。
 そうして暴風のようなエリク様が去った部屋で、私と旦那様は何とも言えない雰囲気の中、視線を交わした。

「……賑やかな方、でしたわね」

「俺がいない間、何か言われなかったか!?」

「特には、取り立てて報告するようなことはありませんでしたわ」

 忘れてほしいと言っていたしね。これ以上目をつけられても困るし、黙って忘れてあげましょう。

「すまない。エリクは、根は良い奴なんだが……どうも言葉使いと、あの性格で誤解されやすくてな」

「あら、旦那様が謝罪されるようなことは何もありませんでしたのよ。私はエリク様のような方、好きですもの」

「そりゃあ良かった……っていや良くないだろ!?」

「どっちなのですか……」

「おまっ、ああいう奴が好みなのか!?」

「微笑ましくっていいですわよね」

 感情を隠そうとしない。言いたいことを、良いことも悪いことも含めて素直に打ち明けてくれる。可愛くて見ていて微笑ましいと思える人――という意味だ。

「そ、そうか、微笑ましいか……それは良かった。取り乱して悪かったな。それに待たせた」

 旦那様は言葉を並べながら自分自身に向けて落ち着け……と何度か繰り返し囁いていた。

「いいえ、ちっとも。この時間さえ、私には尊いものでした」

 これから運ばれてくる食事を想像をしただけで幸せが止まらない。つい、うっとりとしたため息が零れてしまうほどだ。
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