転生人魚姫はごはんが食べたい!
「慌てるな。そいつも仲介だったらしくてな。残念ながら足取りまでは掴めていない。だが、貴族には人魚を買いたがる奴も多い。一人噂に上った男もいてな。そいつについては調査を進めているところだ」

「旦那様、もしかしてこのところ忙しくしていたのは……」

 私はニナから教えられた旦那様の町での印象を思い出す。
 町の人たちから慕われ、信頼の厚い旦那様はさぞ忙しく駆け回っているはずだ。それなのに現在は日頃の責務に加え、私たちとの約束を守るためにも動いてくれる。なんでもない顔をしているけれど私の想像以上に忙しくしているはずだ。

 それなのに私は……

 ここに来るまでに旦那様を疑っていた自分が恥ずかしい。
 こんなにも真摯に私たちと向き合ってくれるとは思っていなかった。罪を問うことはあっても、探してくれるとまでは期待していなかった。だからこそ私は自分の足で探そうと考え行動を起こした。
 でも旦那様は、ちゃんと考えていて下さった。
 きっといくら感謝しても足りない。あの占い師が告げていた人物は旦那様のことで間違いないだろう。この人が手掛かりを運んでくれる日は近いのかもしれない。

 ありがとうございます。旦那様――

 お城までの帰り道を私たちは並んでのんびりと歩いた。太陽は大きく傾き、じきに沈み始めるだろう。私は道が赤い夕日に染まる瞬間を想像する。

「今日は、ごちそうさまでした。それにありがとうございます」

「一緒に食事しただけだろ? 礼を言われるほどのことはしていないぜ」

「食事のことだけではないのです。旦那様は、私が思う以上に交わした約束を守ろうとしてくれたのですね」

「そうか?」

 まるで自覚のない旦那様に私はそうですと言ってやった。

「私は最初、警戒していたのです。どのような方が旦那様になるのか。ただ人魚が物珍しいだけなのか、それとも何か特別な理由でもあるのか。そして私たちと交わした約束を守るつもりがあるのか……」

「当然の警戒だな。それで? 俺はお前が認める旦那にはなれたか?」

「想像以上ですわ。それなのに私は、あの取引以上に旦那様に返せるものがありません……」

「気にすんな。全部俺がやりたくてやったことだ」

「でも私は!」

「じゃあ言わせてもらうけどな。俺の動機はとんでもなく不純だぜ? そんなに褒められたもんじゃねーよ。好きな女を惚れさせたいっていう下心がある」
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