俺がしあわせにします
2.彼女の秘密

映らない窓

その日は朝から雨が降っていた。まだ梅雨入りはしていなかったが、5月の雨はしとしとと降り続いている。

定時を過ぎてから、さっき使った会議室の片付けを忘れていたことに気づいた。
明日の午後まで予定は入っていなかったから、これから片付けに行けば、問題ない。

周りはめんどくさいとか、やだもう、など文句を言いながらも雨の中帰宅する準備をしている。

明日になったら何が入ってくるかわからないし、さっさとやってくるか。

デスクを軽く片付け、会議室に向かった。
廊下の窓ガラスには、雨粒が打ち付けていた。

会議室のドアの前に立ち、一応コンコンコンっとノックしてドアノブに手をかけた。

「失礼します。すみません、片付けに来ました」

誰もいないと思ったが、一応声をかけて、そのまま扉を開けた。

中から「きゃっ!」という女性の声が聞こえたが、部屋の中には誰もいなかった。

俺は、声が聞こえた衝立の方へ静かに歩みを進めた。

「誰かいますか?」

声をかけながら衝立の向こうを覗いた。
カラダが凍りついた。

息の仕方を忘れた。
声の出し方を忘れた。
足の動かし方を忘れた。
何も考えられなかった。

目の前の光景がただただ俺の脳裏に焼きついていくのを感じるだけだった。

今俺の目の前には、抱き合っている男女がいる。

俺は女性と目が合った。

「あ」

相手は小さく声を発した。
その顔は、俺が見たことのない彼女の顔だった。

「くら・・・」

そう彼女が発したとき、俺は金縛りから溶けたように、身体に感覚が戻ってきた。

「しなくん・・・」

最後まで聞かずに踵を返し、その場を立ち去った。

なんで?何を見たんだ?和奏さんは何をしていた?

先ほど脳裏に焼き付いた映像がフラッシュバックする。

廊下を急ぎ足で歩く。
俺は会議室に行った目的も果たさずに、部屋を出てきてしまった。

窓ガラスには、相変わらず雨粒が当たっている。俺の顔なんて映らなかった。

だからどんなカオをしていたかわからなかった。
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