私たちは 簡単に繋がり合い 傷つけ合う
マンションの最寄駅で辻と待ち合わせをした。
化粧をして、春の服を着て、部屋を出た。
エントランスを出る時は怖かったけれどワンピースのゴミを捨てたら少しだけ気が晴れた。

久しぶりに会った辻の頰は以前よりスッキリして見えた。
「痩せた?」
「いや。でもちょっと筋トレしたから締まったのかな。」
私が聞くと、辻は笑いながら言った。
「辻が筋トレだなんて意外。」
「ガリ勉のイメージ根強いからな。」
隣同士並んで歩きながら、辻からいつもの香水の香りがしてこない事に気が付いた。なんでかよく分からないけれど、妙に男らしさを感じた。
私はホッとしていた。
さっき電話で泣いたのは、痴漢が怖かったからじゃない。辻に許してもらいたかったからだ。
そんな分かりきっている事を、辻の横で私は確信していた。

警察署に行って、昨夜の事を話すと警察官は、「昨日、すぐ連絡して欲しかったです。結局、時間が経っちゃうと捕まえられないでしょう?」とため息混じりに言った。
男の特徴を細かく伝えようとしても、どうしても思い出せず、「念のため、パトロールを増やしますから。」と、割りとすぐに追い返された。

「こんなもんなんだね。」
警察署を出ると夕方で、道路の向こうの公園に桜が白く咲き乱れているのが見えた。
「まあでも話しておいた方が何倍も安心だよ。しばらくは、帰り道も怖いだろうし。」
「うん。ありがとうね。」
お腹も空いたし、辻にお礼をしなくては…と私は思った。どこかへ飲みに行こうか考えていると、「家まで送るよ。」と、辻は言った。
「ねぇ、うちに寄っていかない?うちでご飯食べようよ。春だけど、鍋でもいいかな?」
私は気がつくと辻を誘っていた。自分でもそんな自分が信じられなかった。

スーパーで買ってきた食材をサッと入れて簡単に出来上がった鍋の前で、私と辻は乾杯した。
私のコップを手にして我が家のソファに辻が座っている事が、ものすごく不思議だった。
結局、辻が買ってくれた美味しい焼酎を二人で空けて、家にあったワインも飲んで私はすっかり酔っ払った。

ローソファーに寄りかかって直接床に座り込んだ私は今にも眠りそうだった。
いつもの難しい勉強の話をする辻の声が段々と遠くに感じる。さっきから辻に一定の距離を取られている事が、嬉しくもありつまらなくも感じていた。
私は目を閉じた。すると、話し声が急に止まり、ソファを降りて私の隣に寄り添う辻の気配を感じた。
唇が塞がれる。私は静かに目を開けた。
目の前に、辻の幅の広い、弓形の瞳が二つ並んでいる。睫毛が綺麗でドキドキした。
そうだった、私はこの瞳がずっと大好きであの頃、いつも見とれていたんだ。
手を伸ばして、辻の瞳のカーブに沿って指で睫毛をなぞる。そして今度は私からキスをした。
とろけるように自然で柔らかくて長いキスをしながら辻の身体に両腕をまわした。

私はまた、恋に落ちたのかもしれない。

辻の柔らかな髪に触れた私を彼は優しく床に押し倒した。そして着ていたパーカーを脱いだ。
その瞬間、私の全身から血の気が引いた。

辻の腕には生々しく刻まれた2本の傷があった。

辻の下で動けないまま、私は彼の目を見つめた。
さっきまで優しかった瞳の色が深い暗い色に変わっていた。
「どうして…?」
自分の震えた声がしんとした部屋に消えていく。

「いつかの、仕返し。」

辻はそう言って、私にキスをした。

fin


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