桜田課長の秘密
原稿用紙を引きちぎり、座卓に叩きつけた。

「短い間でしたがお世話になりました」

「いいんですか、簡単に投げ出して」

「限界まで頑張ったつもりです」

「なるほど、努力はしたと……では経験不足が原因ですね。分かりました、じっくり教えて差し上げましょう」

「はっ? あ、ちょっ、メガネを外すな胸元をはだけるな、無駄に色っぽい顔をするなあっ!」

冗談じゃないと逃げ出した瞬間。つるりと足を滑らせて畳の上に転がったのは、断じて意図的なものではない。

「ふふ、下手な芝居を。イヤがる素振りをすれば、ご自分に言い訳ができますからね」

「違っ――、んんっ!」

否定の言葉は、唇を割って入った長い指に遮られる。

詐欺だ……詐欺師に騙された。
こんなはずじゃなかったのにと、いくら悔やんでも後の祭り。

この忌々しい〝シジミの皮を被った狼〟は、発情したが最後。一晩中、いたいけな私の体をもてあそび続けるだろう。

清く正しく生きてきた私、江本《えもと》巴《ともえ》。29歳、鉄の処女が、なぜこのように猥褻な日常に身を置く羽目になったのか。それを説明するには1週間前にさかのぼらなければならない。

< 2 / 90 >

この作品をシェア

pagetop