異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「だから、この格好のときはアルトって呼べって……」
「も、申し訳ありません」
「あの。でも、髪と目の色が違います。アルファート殿下は、黒髪黒目だったはず……」

 なんだか揉めているふたりの間に入って、そう訴える。

「ああ、それはな。こういうことだ」

 アルトさん――アルファートさまが指をぱちんと鳴らすと、顔のまわりを銀色の粒子が舞い、ふわっとベールをかけるように、髪と目の色が変わった。私の知っている、黒曜石のような鮮やかな黒髪と、深い黒をたたえた鋭い瞳。

 これは、魔法……?

 色が変わっただけなのに、急に『王子』と実感して緊張してくる。それに、なんだか精悍さと色気が増したような。

 王族なんて、私のような庶民が一生口をきくことのない存在だ。そんな高貴な人に私はビンタをお見舞いしたのか。思い出すと冷や汗が出てくる。本当だったら不敬罪で投獄されているところだ。

「俺は物質変化の魔法が得意だからな。髪と目の色を変えて、認識しづらくなる魔法もかけてある。極端に存在感が薄くなると言えばいいかな」

 それで、こんなに目立つ人が立っているのに町の人は気に留めていなかったんだ。

「でもたまに、魔法に耐性があって効かないやつもいる。お前のようにな」
「え、わ、私ですか?」
「俺の顔を覚えていただろう? 認識しづらいのだから、思い出すのはもっと難しいんだ、普通ならな」
「そうなんですか……」
「俺の素性を知っている者にも効かないから、魔法をかけても騎士団の連中には通常通りの俺の姿に見えている。お前にも正体をバラしたから、これからは魔法がかかっていてもこの姿のままに見えるぞ」

 魔法の耐性、といわれてもピンとこない。魔法を使えるのは王族と、ほんの一部の一般人だけだ。ほとんどは王宮のお抱え魔法使いになってしまうから、普通の暮らしで魔法をお目にかかることはない。

「なんで、魔法使いでもない私に耐性があるんでしょう」
「さあな。そういう体質か、もしくは疑い深い性格だと効きづらいと聞いたことがあるな」

 自分を疑い深いと思ったことはないけれど、前世の境遇を考えると、ふつうの十六歳よりはかわいげがないかもしれない。

「俺は市井に出るのが趣味なんだ。それには王子という肩書きがジャマだ。お前も、俺のことはくれぐれも王子、なんて呼ぶなよ。アルトと呼べ」
「は、はい。アルトさま」
「さま、はいらない。王子と思わずに接しろと言っている」

 なんと、無茶なことを言う。こちらは普通に口をきいてもいいものかと、手が震えているというのに。

「あ、アルトさん……」
「よし」

 満足げに腕を組むアルトさんの顔を見つめる。遊び人とか、女たらしという、本当か嘘かわからない噂を聞いたことがあるけれど、市井に出るのはなんのためなんだろう。
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