異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「なんでわざわざ市井に出るのか、聞きたそうな顔をしているな」

 ぎくり、と身を固くする。失礼なことを考えていたのは、バレていないよね。

「お前も、俺のふたりの兄の話は聞いたことあるだろ。上が優秀だと、末っ子にはなにもやることがないんだ。せいぜい、市井を見て回って国民の暮らしを調査するくらいで。それだって役に立っているわけじゃないけどな」
「そうなんですか……」

 王族はいろいろ大変なんだな、とちょっと同情したのに、アルトさんはにやっと笑った。

「まあ、王宮にいるよりよっぽど刺激的で楽しいからっていうのが本音なんだけどな。遊びだ、遊び」

 刺激的って……。噂はやっぱり本当なのだろうか。

「……殿下」

 赤髪の騎士さんは、アルトさんの言葉を聞いてなんだか少し悲しそうな顔をしていた。

「それより、どうしてこんなところに女の子を連れてきたんですか? 危ないじゃないですか」
「ああ、ベイル、それはな……」
「あっ、もしかしてこの子が、以前おっしゃっていた『スイーツ少女』なんですか?」

 ベイル、と呼ばれた騎士さんは、ぱあっと顔を輝かせて私に向き直る。

「スイーツ少女……?」
「またお前は、先に余計なことをバラす……」

 そのネーミングに首を傾げる私と、おでこに手を当ててぼやくアルトさん。

「君、ひょっとして『スイーツ』を作るのが得意だったりしない?」
「は、はい」
「やっぱり! 殿下は城下町で君の噂を聞きつけて、ずっと探していたんだよ。王宮の料理人でも扱いに困っている、砂糖を料理できる女の子がいるって」

 ベイルさんは、お城の料理人さんたちが外国のレシピ本を翻訳してスイーツを作ろうとしているけれど、正解がわからないから難航しているという事情を話してくれた。

「君に逃げられたあと、毎日同じ場所に探しに行っていたんだよ。そうかあ、やっと見つけられたんだ」

 私がアルトさんを怖がって外出しなかった間、毎日……。
 申し訳なさで胸がズキズキ痛くなる。

「アルトさんが私を探していたのは、頼みたいことがあったからですか?」
「もちろんそれもあるけれど、殿下は君のスイーツをいたく気に入ってね。『くそう、もう一度食いたい』とか、『禁断症状が出てきた』とか、毎日わめいていたんだよ」
「ベイル……。それ以上口を開くとお前の首が飛ぶぞ」

 怒気をはらんだ凄みのある声に、私はひゅっと息をのんでしまったのだが、ベイルさんはどこ吹く風だ。
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