異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「なんだそれは。聞いたことがないぞ」

 この国には、チーズはあっても生クリームはなかった。スイーツ以外の料理で使うことがないから、輸入もしてこなかったのだろう。

「牛乳の脂肪分を濃縮して、とろっとした白い液体になったものなんです。バターの一歩手前の状態というか……。 自分で作るのはすごく難しいので、アルトさんに頼めたらと思って……」
「なるほど。スイーツに使うものなんだな」
「はい。これがあればお店のレパートリーが増やせると思います」
「わかった。そういうことならやってみよう。乳脂肪分を増やせばいいんだな。一度で成功するかわからないが、いいか? それと、魔法がかけやすいように牛乳は器に注いでくれ」
「はい!」

 私が牛乳の準備をすると、アルトさんは驚くほど真剣に生クリームの試作に付き合ってくれた。

「これはどうだ?」
「もう少しとろっとしていて、色は真っ白なんです」
「じゃあ、今度はどうだ」
「ちょっと固まりすぎてバターに近くなっちゃってます」
「難しいな……。次だ、次」

 器になみなみと注いだ牛乳も、濃縮すると十分の一くらの量になってしまう。たくさんあった牛乳の瓶も、試作を繰り返すうちに減っていく。

 そうして、調理台の上が器でいっぱいになる頃に、ようやく理想の生クリームが完成した。
 器をゆっくり傾けて見た目を確かめたあと、スプーンで口に運ぶ。

「……ん! これです! 理想の生クリームができましたよ、アルトさん! ありがとうございます!」

 あまりの嬉しさに、王子ということを忘れてアルトさんの手を取ってしまった。

「……お、おお、そうか」

 アルトさんは驚いたのか、目を見開いたままのけぞっている。それはそうだ。こんな馴れ馴れしいことをする人なんて、今まで近くにいなかっただろうから。

「す、すみません。失礼なことをして……」

 ぱっと手を離すと、なぜか不服な顔をされた。

「かまわん。王子扱いするなと言っただろう。それが庶民の作法なら、気を遣うことはない」

 そう言って、今度はアルトさんから私の手を取って、ぶんぶん上下に振り回した。
 別に、庶民の作法というわけじゃないんだけど……。
 アルトさんの表情がなんだか嬉しそうだから、黙っていることにした。

「自作するのは難しいんですが、乳脂肪以外の成分を分ける機械があれば作れると思うんです。たとえば、遠心分離機みたいな……。もしくは、バター工場に生クリームも生産してもらうとか。生クリームの現物を持って行って、魔法がなくても作れる方法を探ってもらうことはできますか?」
「そうだな……。宮廷魔法使いに成分を分析してもらって、あとは技術者に依頼すればできるかもしれない。バター工場に使いを出すのも俺のほうでやっておこう」

 機械があれば量産できるし、工場を作れば流通させることもできるだろう。生クリームが広まれば、スイーツ文化が発展する大きな一歩になる。
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