異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
 * * *

 すがすがしい秋晴れの日に、『スイーツ工房 ソプラノ』はオープンした。センスのいいワードがなかなか出て来なくて、アルトさんに決めてもらった店名だ。おそらく、アルトとソプラノで、アルトさんの名前と対になっているのだろう。

 淡いグリーンを白で囲んだ楕円形の看板も、それと色を合わせたストライプのカーテンも上品でセンスがいい。さすが、王室御用達の業者に頼んだだけのことはある。

 巷で評判だった『スイーツ』の店第一号がオープンするということで、初日から大盛況だっ
た。ケースいっぱいに並べてあった焼き菓子も、贈答用の箱詰めも、開店から数時間で品切れしてしまった。開店している間にも、厨房でどんどん追加を焼いていたのだが、それも出すとすぐに売れていく。まさかここまで忙しくなるとは思っていなかったので、厨房スタッフを雇わなかったことを後悔した。貴族のお客さまも多かったから、『王室御用達』の紋章の効果もあったのだろう。

 しかし、オープン初日からしばらくすると、客足も落ち着いてきた。日持ちする焼き菓子がメインだったからよかったのかも。

 興味がある人はだいたい買いに来てくれて、あとは手持ちのスイーツを食べ切ったお客さまがまた来店してくださる、というルーティンになっている。

 売り子さんに休憩も取らせてあげられるようになったし、これなら厨房はひとりでも大丈夫そう。

 ベイルさんは毎日数時間ほど用心棒として店の外に立ってくれ、アルトさんもたびたび様子を見に来てくれた。忙しくて挨拶くらいしかできなかったけれど、毎回倉庫をチェックしていたみたいで、次の日になると足りない材料がお店に届いた。

 まさに至れり尽くせりで、ふたりには頭が上がらない。
 そんな忙しい毎日を過ごしている間に、季節は冬の始まりを迎えていた。

「あ、リス」

 朝は冷え込むようになった今日この頃。白い息を吐きながら開店準備をしていると、最近店の近くでよく見かけるようになったシマリスが近寄ってきた。

 城下町で野生動物を見かけることは珍しい。森から人里におりてきて、そのまま居ついてしまったのかも。

「おいで、おいで~」

 しゃがんで手を伸ばすと、人に慣れているのか、ぽっちゃりした リスはふさふさのしっぽを振りながら、ちいさな鼻先をこすりつけてくる。かわいい……。

 撫でようとしても逃げなかったので、背中に指を沿わせてみる。ふわふわの毛並みに指がすっぽり埋もれて、「うわぁ……」と声が出てしまった。

 冬に備えて脂肪を蓄えた身体はふくふくと柔らかくて、冬毛はもっふもふ。あまりに心地よいモフモフ感に、我を忘れて夢中で撫でてしまう。
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