異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
 店内に戻った私たちは、こわごわと成り行きを見守っていたお客さまたちにお詫びをし、無料でクッキーを配った。

 まだ少し緊張がほどけない私を察して、ベイルさんが三人で休憩しようと誘ってくれた。

「エリーちゃん、大丈夫? 怖かっただろ」

 休憩室で三人分のカップに紅茶を注ぎながら、ベイルさんがいたわるような眼差しを私に向けた。

「怖くなかったと言ったら嘘ですけど……、あのときはお客さまを守らなきゃって必死になってて」
「フライパンと麺棒で戦うつもりだったと聞いたときは呆気にとられたぞ。庶民の女というのはみんなこんなに勇ましいのか? まったく、心配して損した」

 アルトさんの言葉にむっとなったが、心配したと言われてさっきのことを思い出してしまった。広い胸。大きい手。高級そうなコロンの香り――。

 前世でも今世でも男性に縁がなかったからって、動揺しすぎだ。

「殿下、失礼ですよ。エリーちゃんは女の子ひとりで立ち向かっていったんですよ。騎士団並みの勇気です」

 ベイルさんがフォローしてくれるが、そこまで褒められると少し恥ずかしい。中身は少女じゃないからできたことだし。

「まったく、騎士団が用心棒をしている店だということを知らないヤツが、まだ貴族街にいたとはな」
「魔法石が発掘されてから、その恩恵で急にお金と権力を持つようになった層がいますからね……。貴族だったら知っているはずの騎士団の紋章や、王室御用達のマークにも気付かない成金が増えているのはよくないことですね」
「まあ、今回のことがいい宣伝になっただろ。こういう話はすぐ広まるからな」

 こんな国の事情は初めて知った。裕福な人生を経験したことがないから、国が豊かになるのはいいことばかりだと思っていた。

「王族や騎士団の人は、いろんなことを考えないといけないんですね……」
「なんだ、急に」
「私、国が豊かになってうれしい、スイーツが作れるようになってうれしいってことしか考えてなかったんです」

 なにも知らなった自分を恥じながら、テーブルの上で組んだ指を見つめる。

「いいんだよ、国民はそれで。暮らしが楽になれば、単純に喜んでいいんだ。難しいことを考えるのは、俺たちの役目だ」
「でも、なにも知らないまま貴族街で商売していたんだなって……」
「じゃあ、なんのために俺とベイルがいるんだ?」

 アルトさんは、怒っているような口調で私に人差し指を突きつけた。

「なにも知らないお前を守るためだろ。お前はいいんだよ、そのままで。余計なことを考えないでさっさとスイーツを作れ」
「は、はい」

 あわてて立ち上がると、カップがかしゃんと声を立てた。

「殿下は、エリーちゃんに安心してスイーツ作りに専念してほしいんだよ」

 エプロンを整えながら厨房に向かおうとすると、ベイルさんがうしろから声をかける。

「え?」

 と言いながら振り返ると、アルトさんはむすっとした表情で紅茶を飲んでいた。その耳が少し紅潮していると感じたのは、気のせいだったかもしれない。
< 49 / 102 >

この作品をシェア

pagetop