ノクターン

「あのね、私の実家は 深川で雑貨屋をやっていたの。あ、雑貨屋って言っても おしゃれなのじゃなくて、鍋とか、ザルとか、ヤカンとか。ティシューや洗剤や 食べ物以外は何でも売っているような。昔ながらの小さな雑貨屋よ。」

私は静かに聞き入る。
 

「あ、深川のおじいちゃん。」
 
「智之から聞いている?」
 
「いいえ。でも子供の頃、智くんがそう呼んでいた記憶が。」


私の言葉に お母様は笑顔で頷き。
 

「私の親は、一つ何百円のザルを売って 私を大学まで行かせてくれたの。」

お母様は優しい微笑みを浮かべながら、話し始めた。
 

「主人とは、大学で知り合ったのね。在学中からずっと付き合っていたの。そのうち、結婚したいって思うようになってね。主人が両親に話したの。まあ当然だけど、大反対されたわ。会社もね、今よりは小さかったけれど 軌道に乗っていたし。雑貨屋の娘を 跡取りの嫁にはできないってね。」

お母様は、少し照れながら、懐かしそうに話し続けた。
 
「主人が頑張ってくれたのよ。結婚を認めてくれないなら 会社は継がないって。最初にお義父さんが折れて、お義母さんも従う、みたいな形で結婚したわけ。
 結婚してからは、結構 辛い事もあったのよ。でもね、主人は支えになってくれたわ。だんだん子供達も、支えてくるようになったし。会社もお義父さんの代より規模を広げることができて。私も主人を支えたって思っているわ、今は。」

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