授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
事務所の中へ通されると、おばちゃん事務員さんが愛想よく挨拶をしてくれた。そして窓際の奥のデスクにいるのがここの所長さん坂田所長のようだ。

小さなビルのテナント事務所だからか、わりとこぢんまりしたスペースにデスクが四台。壁際の本棚には所狭しと法律関係の書籍やファイルがぎっちり並んでいる。事務所の隅には光だけを通す半透明の間仕切りパーテーションがあり、依頼者との相談室になっていた。そして殺風景にならないようにか、間に合わせで置かれた観葉植物がぽつんとある。

「お、君が松下さんか、蒲池さんとこのパン屋に新しいバイトさんが入ったって黒川君から聞いてるよ。初めまして、所長の坂田だ。そこにいる人は事務員の野木さんね」

坂田純一所長は小柄で丸いお腹と真っ白な顎ひげが印象的で、弁護士というより漫画に出てきそうな博士みたいな、どことなく愛嬌のある中年男性だった。ニコニコとして親しみやすそうな雰囲気に肩の力がスッと抜ける。

「初めまして、松下菜穂といいます。あの、弥生さんからのおつかいでパンのお裾分けを持ってきたんですけど、さっき袋ごと下に落としてしまって……」

そのことを黙って渡すのも忍びなくて正直に言うと、坂田所長はデスクの椅子から立ち上がりじっと袋を凝視しながら歩み寄ってきた。

あぁ、どうしよう。怒られるかも……。
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