男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~

17 俺の居場所は。

「…………だいたいね、藤田さんってみんなにいい顔してさ、ミエミエなのよね」
 
 教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、自分のクラスの教室から、女子たちが言い争っている声が聞こえてきた。
 
「……ど、どういう意味よっ?」
 
 美里の声だ。
 
「今朝のあれ、なんなのよ。いい子ぶって、仕切っちゃってさ。樋口のことだって、夏休み前には会話なんてロクにしたことないくせに、アイドルになるって知ったとたんに近づこうだなんて」
「そんなこと……!」
「とぼける気? あたし、知ってるんだからね。このあいだのSEIKAの名古屋コンサート、あなた来てたでしょう? 『ハギーズには興味ありません』なんて顔してたくせにさ。帰りの新幹線で見たのよ。あんたが、会場で配られたHinataのファンクラブ案内の用紙をバカみたいな顔して眺めてるの」
 
 今朝、教室の隅に固まって様子をうかがっていた数人の女子のうちの一人から言われ、美里は眼を伏せた。
 
 否定……しねーのか?
 ってことは、やっぱり……さっき竹下も言った通り――――。
 
「……なんだ、そーいうことかよ」
 
 俺は、教室の入り口で思わずつぶやいた。
 
「…………樋口っ!」
「そーだよな。やっぱ、おかしーと思ったんだ。バカだよな、俺。全然気づかねーでよ。昨日も、心の中で、俺のこと笑ってたんだろ?」
 
 ゆっくりと、教室の中央にいる美里に近づきながら、俺は言った。
 美里は、俺から視線をそらして黙り込んだ。
 
 ……なんで、何も言わねーんだよ。
 嘘でもいいから、否定してくれよ。
 おまえ、『そんなヤツ』じゃねーだろ……?
 
「…………そうだよ」
 
 美里は、ゆっくりと口を開いた。
 
「あんたのことなんて、全然興味ないわよ。名古屋のコンサートであんたを見たときはびっくりしたけどさ、他の二人の方が断然かっこいいし、あんたに近づけば、あの二人にも会えるかな、なんて思ってただけよ」
 
 俺の顔を見ないまま言った美里の後で、さっきの女子たちが、『ほら、やっぱりね』といった顔でこちらを見ている。
 
 そのうちの一人が、俺を嘲るような顔で言った。
 
「樋口さぁ、ほんとにあの二人とグループなんて組んじゃって、大丈夫なの? 中川くんも、高橋くんも、デビュー前のハギーズの子の中じゃ、超有名なんだよ? あんた、2年も前からハギーズにいたって割には、そんな情報流れてこなかったし、相当落ちこぼれだったんじゃないの?」
 
 ……こいつ、いつだったか中川が言ってた、『バックで踊ってるコたちに目をつけてる』っていうマニアか?
 
「きっとさぁ、あれよ、二人の引き立て役なのよ。出来の悪い人が一人くらいいた方が、バランスがとれるってこと――――」
「そんなわけ、ナイでしょ?」
 
 教室の入り口から声が聞こえて振り返った。
 
「……の、希!?」
 
 そこに立っていたのは、希だった。
 その後ろには、中川と高橋の二人もいる。
 教室中の……いや、廊下に集まってるやつらも、あまりに突然のことで、みな声もでないようだ。
 
「な、なんでおまえ……こんなとこにいるんだ?」
「はぁ? 言ったじゃん。始業式が終わるころに迎えに行くって。聞いてなかったの?」
 
 初耳だぞ?
 
「ま、いいや。ちゃんとつかまったんだし」
 
 希は、ツカツカと教室に入り込んで、俺の目の前に立った。
 
「この際だからさ、説明しとくよ。二人の引き立て役だと思ったままにしといて、今後の展開にも影響すると困るし」
「引き立て役、じゃ、ねーのか?」
「そんなくだらナイ理由でグループの一員にするくらいなら、二人でデビューさせた方がいくらもマシだよ。ボクが樋口を選んだのは、ちゃんとした理由があるんだ」
 
 希はそう言うと、初めてこのガッコーの裏で出会ったときにも背負っていたリュックの中から何かを取り出した。
 
「樋口さ、コレが何か知ってる?」
「これは……あれだろ? えーっと……そう、『やじろべえ』だ」
「そーだよ。樋口、ちょっと手を出して」
 
 言われるまま差し出した俺の手の指をいじくって、人差し指を出した状態にした希は、その先端にやじろべえを置いた。
 
「この、先についてるどんぐりがね、中川と高橋」
 
 希が指差した、やじろべえの両腕の先についているどんぐりは少し変わった形をしていて、二つとも大きさと種類が違う。
 
「この二人はね、確かにウチの事務所の中でも群を抜いてる。それは認めるよ。……まぁ、ボクが見つけたんだケドさ」
 
 希が言うと、その後ろで中川と高橋が笑った。
 
「だけど、どんなに魅力的などんぐりだって、森の中に放り込んだらどこにあるかわからなくなる危険がある。だから、こうやってやじろべえに仕立てたかったんだ。樋口はね、このやじろべえの……ココだよ」
 
 そう言って希が指したのは、俺の指に乗っかっているやじろべえの中心。
 そこには、どこにでもあるようなどんぐりが、竹ひごの腕をのばしている。
 
「大きさも種類も違うどんぐりを、こーして釣り合うように支えられるどんぐりを見つけるのはタイヘンなんだ。3年近くも全国飛び回って探したんだよ」
「いや……でもよ、やじろべえが釣り合うかどうかは、真ん中のどんぐり云々(うんぬん)じゃなくて、竹ひごを差す位置や長さの問題だろ?」
「うん? ……まぁ、細かいコトは言わナイでよ。じゃぁ、この竹ひごやなんかも全部、樋口ってコトでイイよ」
 
 おい、大事なところでテキトーかよ。
 
「とにかく、ボクが何を言いたいかっていうと、樋口がこのHinataのバランスを取ってるんだ。それは、もちろん、そこの女のコが言ってたような、樋口の出来が悪いからなんて理由じゃナイ」
 
 希が言うと、指を差された女子は気まずそうに視線をそらした。
 
「この異色な二人をつないで支えていられるのは、樋口しかいないんだ。何百人、何千人と見てきたボクが言うんだ。間違いナイ。断言するよ。それに、樋口ならこの二人の成長に合わせて樋口自身も成長していける。そーいうチカラを持ってるよ、キミは」
 
 初めて出会ったときと同じ、吸い込まれそうになるくらい澄んだ瞳で俺を見つめた希は、俺の指先に乗っていたやじろべえを手にとってリュックにしまいこむと、自分の腕時計に視線をやった。
 
「あぁ、もーこんな時間だ。そろそろ行かないと……」
「行くって……どこにだ?」
 
 俺が問うと、希は呆れた顔で言った。
 
「ホントに聞いてなかったの? 今日は午後の3時から名古屋でゲリラライブするんだよ。だから、途中でこの静岡に寄って、キミを迎えにきたんだ」
 
 それも、初耳だぞ?
 
「どーする? もし樋口が、『辞めたい』って言うなら、ボクは止めないケド」
 
 希は、軽く挑発するような表情で俺に言った。
 その後ろで、高橋が中川になにやら耳打ちしている。
 
 二人は、顔を見合せて笑ったあと、中川が俺に向かって言った。
 
「名古屋でファンが待ってるよ、直くん!」
 
 ――――『直くん』?
 その、慣れない呼ばれ方に不思議な感覚を覚えた。
 
 あぁ……俺の居場所は、『そこ』なんだ。
 
「……チッ、しょーがねーなっ。この俺が、必要なんだろ? っつーか、ゲリラライブだっつーのに、誰が待ってるって?」
 
 俺は、希の頭をぐりぐりとなでながら、教室の入り口で待つ二人の元へと歩いていった。
 
 教室を出る直前、振り返ってクラスメートたちの顔を見た。
 そして、その中でまっすぐに俺を見ている、美里の顔も……。
 
 俺は、右手を高くあげて、叫んだ。
 
「……じゃぁなっ!!」
 
 その瞬間に見せた、美里の表情を、俺は一生忘れないと思う。
 
 
 
 
 
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