妖しな嫁入り
 そう、朧だけが最初からおかしいの。

「緋月様に、進言いたしました……」

「自分の役目を果たしただけ」

「ですがっ!」

「そんなに罰が欲しい?」

 なおも言い募りそうな野菊に私も踏み出す。

「ここへ、戻ってほしくなかった?」

 かつて私は妖が悪だと決めつけていたけれど、そうではないと身をもって学んだ。だから野菊を悪とは呼べないし、首まで差し出して罰を欲する優しい妖(ひと)を咎めることで終わらせたくない。

「……私では緋月様に逆らえません。役目を果たさなければならないのです! けれど私は……あなた様を、殺したくないのです!」

「なんだ、私と同じね」

 今でもはっきりと憶えている。殺さなければ、でも殺したくない。私が朧を前に悩んでいた頃と同じだった。殺さなくてはいけないのに心は嫌だと叫ぶ。そうしているうちに身動きが取れなくなって判断を鈍らせる。野菊も同じ気持ちを抱き躊躇ってくれた。だからこうしてすべてを話してくれる。

「私もたくさん罪を犯した。でも朧はそれでも良いと言ってくれた。だから私も野菊を赦したい」

「そんなっ……」

 野菊はいよいよ顔をゆがめて泣き始める。

「朧のことを大切に思って行動したんでしょう? だから信頼出来るし、私にはそういう相手が必要。野菊がいてくれないと困る。罰が欲しいというのなら私に仕え続けて。それが罰」

 一人一人の顔を焼き付けるように周囲を見渡せば、これまであまり会話をしたことがない妖もいた。そんな彼らにも了承を取るように宣言しよう。

「誰か、異論のある者は?」

 名乗りを上げる妖はいなかった。あとは本人の了承だけという状態で目配せする。

「さあ、野菊」

 躊躇う姿に、朧を真似て手を差し出す。

「椿様、お手が!」

「手? あ、ごめんなさい」

 そうだった。札に触れたせいで焼け焦げたような痕になっている。こんな手では握りたくないはずだ。戻そうとすれば、それ以上の速さで掴まれた。

「私のせいでっ、こんな――、申し訳ありません!」

「野菊のせいじゃない。それにおかげで、少しは強くなれたと思う。緋月が怖ろしいというのなら私が守る。だからそばにいて?」

「……はい、はいっ!」

 涙に濡れた声。刹那、労わるように手が包まれた。
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