妖しな嫁入り
「なるほど。これで椿の無実は証明されたな。まだその名は教えていない。あいつの手先か……。藤代、もういい連れて行け」

 最後に朧は低く殺すなと命じる。けれどその表情、視線だけで今にも相手を殺せそうだと、何度も(一方的に)戦った私には感じ取れた。

「承知いたしましたので、その眼はお止めくださいませ」

 命令の意味がなくなってしまいそうだと窘める藤代に、私も心中では深く同意していた。

 騒ぎを聴きつけて集まっていた妖たちには厳重に口止めを施し、会場の手伝いへと戻らせる。こうしている間も、宴は終わってはいない。むしろこれからが本番なのだと言う。それなのに、朧は私の傍から動こうとしない。

「朧?」

 じきに野菊が手当の道具を持ってきてくれる。だから早く宴へ戻るべきだと促しているのに、朧は聞いているのかいないのかわからない反応ばかり。

「怪我をしているな」

「少し切れただけ。心配されることはない」

「嘘をつけ、血が出ているだろう」

「すぐに治る。普通の人間よりは早く治るから」

 失敗したかもしれない。なんだかただの強がりにしか聞こえなかった。誤魔化したくて、話しを重ねる。

「私が未熟だった。迂闊に誘い出されて愚かだった。まだ宴の最中でしょう、こんなところにいていいの?」

「いい。そんな物より君の方が大切だ」

 朧は迷わず答えるが、藤代辺りがじき呼びに来るのではないかと思ってしまう。

「でも、藤代が困ると思う」

「勝手に困らせておけばいいさ」

 ここに本人がいなくて良かったと安堵しているのは私だけ。朧は「それよりも――」と宴のことなんて頭にない様子で話し続ける。

「ああいう時は抵抗しろ」

 ああいうときとは、生命の危機を指すのだろう。何故刀も抜いていないのかと問い詰められた。愛刀がすぐ傍にありながら鞘に収まったままではもっともな疑問だ。

「でも、それは……」

「なんだ、ちゃんと言え」

 朧にしては強い物言いで、追求してまで私に言葉を求めるのは珍しかった。

「屋敷の者に危害は加えないと、誓った」

「あれはっ! ……いや、君はそんなことのために命を危険に晒したのか?」

「そんなこと、じゃない。私にとっては重要なことだった」

 でなければ今、こうして面と向かって朧と顔を合わせていられない。それくらい私にとっては意味のある行為だ。
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