妖しな嫁入り
 ここは使えない。なら、窓はどうかと思い立つ。
 手を伸ばせば、やはり見えない力に弾かれた。

「ここもだめ……」

 ここが妖屋敷だったら――
 懐かしい情景が浮かぶ。襖を開ければ庭が広がって、庭に下りることも簡単だった。昨日まで見ていた光景が随分遠いことのように思える。

「私、帰りたいのね」

 もうその資格はないかもしれない。私のせいで屋敷の主が囚われたのだから。
 帰ることが許されなくても構わない。朧を助けて、それが別れとなっても構わない。彼の無事を願う身には過ぎた望みだ。
 自分がこんなにも愚かだと初めて知った。不思議なことに嫌な感情ではない。むしろ今までよりも心地が良かった。

「私は朧が大切」

 言葉にすれば胸が温かくなる。ああ、やっとわかった。もう何が大切だって認めても構わない。

「朧が力をくれた。私は自由に生きる」

 こうしているうちに、いずれ彼がひょっこり顔を出すのではないかと思えてしまう。それくらい朧はいつもそばにいて、いつでも来てくれた。

「でも、もう待つのはやめる」

 傷ついた体で無理してほしくない。だから私がやらないといけないのに、どうしたらここから出られる?

「……どうして、朧なら来てくれると思えた?」

 だって朧は強いから。そう、彼は強い――

「妖だから……」

 彼は私が半分妖だと言っていた。

「妖になれば、出られる?」

 彼らと対等に、同じように。人と違う力を持てば……力があれば彼の元へ行ける?

 人でいたいと拘っていたのは家族に認められたいから。あの人たちと家族になりたいと望んでいたから。

 それは今も望んでいること?
 それは朧の無事より価値があること?
 だって私は、とっくに認められている。朧は私を尊重してくれた。話を聞いてくれた。妖でも人間でもいいと、一人として扱ってくれた。

「私を必要としてくれた。欲しかったものは全部、朧がくれた」

 ここから出られるのなら、朧を助けに行けられるなら人でなくても構わない。そもそも彼なら、そんな些末なことにこだわらないだろう。

「私は人? そんなことどうでもいい。こんな私でも朧を助けられるなら、もう何だってかまわない」

 力が欲しかった。
 例えば藤代なら、刀で扉ごと斬り臥せてしまうだろう。
 朧なら、爪で切り刻む。それとも炎で焼き払ってしまう?
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