妖しな嫁入り
「そう思われても構いません。私は、当主様の望むようには生きられない」

「ほう……」

 顔色を伺って生きてきたからこそ、機嫌を損ねたことはすぐにわかった。

「一つ、昔話をしようか。なに、私が生まれるよりもずっと昔のことよ……」


 人ではない何かがいた。それは妖だったのだろう。
 言葉もしゃべれず無力にも等しいそれは、おぼろげに人の形を真似ていた。黒く揺らめき、何をするでもない。ただそこに在り、ひたすら我々を眺めていたという。
 得体が知れないというのは怖ろしいことだ。なればこそ、先祖様はそれを斬り殺した。
 言葉を理解していなかったはずのそれは、だが確かに呪いを吐いた。
 消えゆく寸前、酷く怖ろし気な声だった。
 叫ぶでもなく、血を吐くでもなく、ただ一言だけにすべてを乗せ――
 呪いあれ、と。
 先祖様は呪われた。名を変え、住処を変えようと、この血筋は呪われたままよ。奴の存在を忘れそうになるたび、忘れるなとその血に刻むように呪われた子が生まれる。


「お前を産んだ者は確か、盲目だったか」

「私を産んで、すぐに亡くなったと」

「影の無い娘、新たに産まれた呪いを引き継ぐ者。あ奴は役目を終えたとばかりに息を引き取った」

「その方の名は……」

「あるわけなかろう」

 名も無き母は幸せだったのだろうか。それを知る術は無いけれど、願わずにはいられない。

「お前の隣にいるそれも憎むべき妖よのう。そのような輩のせいでお前は呪われたのだぞ」

 だから考え直せとでもいうのだろうか。

「罪深いのは我らではない。浅ましき妖よ! 何故、我らが怯えねばならぬ? なればこそ、一匹でも多くの妖を消し去れと、それこそが望月に生まれた者の使命だと先祖様はおっしゃられた!」

 この人たちは何度でも繰り返す。たとえ私が死んでも、また私の代わりが生まれる。母も、私も、次に生まれるであろう誰かも同じ運命を辿り続けるの?
 そんなくだらない決め事のために私たちは――

「くだらぬ家だ」

 朧が吐き捨てる。まるで心を読まれたようで驚かされた。

「何故、彼女一人が妖を狩り続けねばならない」

「なんと?」

「彼女は大切な家族だろう」

「家族? 笑わせるでない。これは妖を狩る道具よ! 貴様らが生み出したものが貴様らを滅ぼす。なんと滑稽なことか!」
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