妖しな嫁入り
 だんだん狼狽えているのが馬鹿らしくなってきた。朧に習って開き直ったほうが良いのだろうかと、少しの自棄が混ざりつつ握り返す。
 朧はいつも私を導いてくれるけど、今回は違う。私が望んでこの手を取った。彼の隣にいたいと願って選んだ。だから、少しだけ強く引っ張ろう。そこには私の意志があると伝えるために。

「私も、清々した」

 さあ行こうと決意を新たに前を見据えたところ予期せぬ強い力に体制を崩す。とはいえ原因を作った張本人が受け止めてくれたので大事には至らなかった。

「朧?」

 ペロッ――

「え?」

 今の……何?

 破壊行為とはうって変わって事態を呑みこむのに時間がかかる。近すぎる朧との距離。湿った感触が頬に……朧の舌が、私の頬に、触れてっ!?
 あろうことか流した涙の痕を丁寧に辿っていく。

「俺のために流れた涙というのは甘いな。癖になりそうだ」

 舌なめずりも様になるけど、その舌が憎らしい!

「あ、甘くない!」

 流れるような動作は突然なくせに、あまりにも自然で抵抗も忘れていた。

「君が俺のために泣くのも悪くないと、そう思ったら引き寄せられていた」

 さもわけがわからないと言いたげだが、それは私の立場と台詞。取るな!

「も、もう行く!」

 今度こそ私が引っ張っていく。人が覚悟を決めている瞬間に、この妖はっ!

「そう急く必要もないだろう」

「早くっ!」

 今度こそ問答無用で地上を目指した。


 朧が危険を承知で派手な破壊を選んだ理由には当主様を呼び出すという目的もあるのだろう。あれほど派手にやらかせば気付かれて当然、彼らはようやくかという言わんばかりに待ち構えていた。

「何をしている」

 当主様は静かに告げ、こうなることがわかっていたのかもしれない。その瞳に私を映し愚かだと語る。怒りというより失望を感じた。その失望は確かに私へと向けられていて……ああやっと。

「やっと私を見てくださいましたね」

 当主様はいつも、私を前にしても別のことに気を取られているようだった。けれど今この瞬間は確かに目の前の私へ感情を注いでくれる。たとえ失望されようと、長年望んできたものが与えられる喜びが勝った。

「これが最後だ。影無しよ、裏切るのか?」

 けれどもう、当主様の望みに応えることは出来ない。
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