二度目の結婚は、溺愛から始まる


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通勤ラッシュの時間を過ぎ、飲食店が開くまでにはまだ間がある時間帯。
人通りが少ない繁華街を小走りに急ぐ。

熱いシャワーを浴びたら、もう家を出なくてはいけない時間だった。

蓮が作ってくれた朝食を口に詰め込むのが精一杯。かろうじて薄化粧をし、蓮が買ってくれた服を適当に着ただけ。おしゃれなコーディネートにまで気を回す余裕はなかった。


(プロ失格だわ……)


昨夜はいろいろあったから、というのは言い訳にならない。

飲食をするお客さまを不快にさせないのは、当たり前。

絶世の美男美女である必要はないが、清潔感は何より大事。ボサボサの髮や手抜きのメイクは、NG。スタッフも店の一部だから、その店のイメージに相応しい恰好を求められる。

『CAFE SAGE』は、カジュアルなお店だけれど、だらしない恰好では征二さんが作り上げたイメージをぶち壊してしまう。

手伝う以上、二度と寝坊も遅刻もしないと心に固く誓い、未だ「CLOSED」のサインが出ている扉を押し開けた。


「おはようございます、征二さんっ! すみません、遅くなって……」

「おはよう、椿ちゃん」


開店準備中でも、お店の中はすでにコーヒーのいい匂いに満ちている。

いますぐ朝の一杯を味わいたいと思いながらカウンターに目を向け、そこに意外な人の姿を見つけて驚いた。


「あ……海音(あまね)さん?」

「おはよう、椿ちゃん! 久しぶりね?」


海音さんは、わたしがアルバイトを始めたての頃、何度かヘルプに来てくれていた。
調理師免許を持ち、フレンチやイタリアンの高級レストランで働いたこともある、経験豊富なシェフだ。

妊娠、出産を機にヘルプで入ることもなくなり、その後わたしが日本を離れたこともあって、すっかり疎遠になっていたが、征二さんとの付き合いは続いていたのだろう。

征二さんにとって、彼女は娘のような存在。
亡くなった彼女の母親が、征二さんの奥さんと友人だった縁で、家族同然の仲だと聞いている。


「あの頃よりも、もっとすてきになって……モデルさんかと思っちゃった」

「そんなっ! 海音さんこそ、ぜんぜん変わらないです」


海音さんはイケメンIT実業家と結婚している、二児の母。
蓮よりも年上のはずだが、二十代といっても通用する若々しさ。

ジーンズにシャツ、スニーカーでも、スタイルのいい美人が着ればおしゃれに見えるという典型だ。


「お世辞でも嬉しい! ありがとう。長い間、日本を離れていたようだけれど……元気にしていた?」

「はい。おかげさまで。海音さんこそ、お元気そうですね。いまは、どこかのお店で働いているんですか?」

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