二度目の結婚は、溺愛から始まる


ナースステーションで教えられた祖父の病室は、廊下の一番奥にある個室だった。

どんな光景を目にすることになるのか。
不安に包まれたままドアをノックしようとした時、朗らかな母の笑い声が聞こえた。


(そんなに、深刻な状況じゃないみたいね……)


「失礼します、お祖父さま。ただいま、戻りました」


ほっとしてドアを開ければ、ベッドの上で大判の画集を広げ、母と二人で仲良く覗き込む祖父がいた。


「おお、椿か! いつ戻ったんだ?」

「今日、ついさっきです。空港から直行しました」


嬉しそうな笑みを浮かべた祖父は、記憶にある姿よりひと回り小さくなり、白髪も増えている。


(お祖父さま、年を取ったわ……)


六年もの間、会わずにいたことを後悔した。


「椿、疲れたでしょう? さあ、座って」


母がベッドの傍へ寄せてくれた椅子に座る。


「それにしても……予定よりずいぶん早く着いたわね? 到着が早まったの?」

「え? あ、うん、実は……」


下手にごまかせば、鋭い祖父に追及されるとわかっていた。
面倒を避けるには、正直に白状するのが一番だ。


「雪柳さんに送ってもらったの。空港で、偶然会ったのよ。伝言を頼まれたわ。お祖父さまの早い回復をお祈りしていますって」

「雪柳くんが?」

「あらまぁ……」


祖父と顔を見合わせた母が、弾んだ声で言う。


「ずいぶんと運命的な再会ね? 縁があるのよ、きっと」

「ないわよ! あったとしても、とっくの昔――七年前に切れている」


思わず叩きつけるように否定し、びっくりしている母の顔を見て、項垂れた。


(何を感情的になっているのよ、わたし……。まだ立ち直れていないと思われるじゃないの)


顔を覆ってしまいたくなりながら、小さな声で詫びる。


「ごめんなさい、お母さま」

「いいのよ、椿」

「……それで、しばらくはこっちにいるのだろう? 椿」


さらりと話題を変えた祖父の言葉に頷く。


「はい、そのつもりです。蒼――白崎さんの結婚式の手伝いを頼まれているの」

「あら、あなた……白崎さんと知り合いだったの?」

「大学の後輩よ」

「母さん、俺が彼を口説き落とせたのは、椿の伝手があったからですよ。それを……元広報部長が台無しにした」

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