二度目の結婚は、溺愛から始まる
頑丈な檻に入れて記憶の奥底に封じ込めたはずのものが、あっという間によみがえり、胸の痛みを思い出す。
(ああ、もう……どうして、いまさらかき乱されなくちゃならないの?)
髪をかきむしりたい気持ちをどうにか堪えるために、スマホを取り出した。
瑠璃や兄と母に無事の到着をメールで知らせ、ネットで最新の日本のニュースを眺め、気を紛らわす。
蓮も、無理に会話を続ける気はないらしく、沈黙している。
ほんのわずかな刺激で弾け、破れそうなほど張り詰めた空気を抱えたまま、車は四十分ほどで病院に到着した。
「ご親切に、ありがとうございました。雪柳さん」
敢えて、よそよそしく礼を述べ、蓮がトランクから下ろしたスーツケースを受け取った。
たとえどんなに親密な過去を共有していたとしても、いまのわたしと蓮は赤の他人だ。
これから先も、ずっと。
「会長に、お早い回復を祈っているとお伝えしてくれ。それから……」
一瞬、瞳を揺らした蓮は、ありきたりな言葉を口にした後、静かに主張した。
「雪柳じゃない。蓮だ」
どういうつもりでそんなことを言ったのか、わからなかった。
蓮が『KOKONOE』で働いている以上、兄や祖父との繋がりは断ち切れないだろうが、わたしたちは離婚という形で「縁」を切った。
この先の人生に、お互いを必要としないから、別れたのだ。
「連絡する。着信拒否したら、強硬手段に出るからな」
わたしが茫然としている間に、蓮を乗せた車は走り去った。
(連絡するって……どういうこと? また、会いたいという意味?)
不安とも期待とも言い切れない何かに、胸がざわつく。
蓮は優しいが、自分の望みを実現するためなら、いくらでも骨を折り、腹黒いこともする。元営業なだけあって、相手をその気にさせ、懐柔するなんて朝飯前だ。
どんなに嫌がって反対しても、いつの間にか蓮の思う通りに事が進んでいたことは、一度や二度ではない。
(とにかく……いまは、それどころじゃないわ。それに、もし連絡があったとしても、会う必要はない)
七年前に別れた夫とかかわる必要など、どこにもないはずだった。