二度目の結婚は、溺愛から始まる

今朝、蓮が出て行ったことにも気づかず熟睡していたわたしは、けたたましい着信音に起こされた。

覚醒しきっていない頭で祖父のランチの誘いに「YES」と返事をし、待ち合わせ場所に『KOKONOE』を指定され、うっかり承諾してしまった。

祖父には、きちんとした服装で来るように釘を刺され、お嬢さまらしい恰好もしなくてはならなかった。

蓮が買ってくれたアイボリーのワンピースは、ほどよい甘さときちんと感を演出していると思うが、祖父のお眼鏡に敵うことを祈るばかりだ。


(蓮のオフィスも覗いて見たいけれど……)


驚く顔を見たいような気もするが、用もないのに「顔を見に来た」なんて言える関係ではなかったし、歓迎されるとも思えない。


エレベーターで十五階まで上がり、近未来的な雰囲気の喫煙ルームや空中庭園を左右に見ながら、社員の休憩スペースとして造られたカフェへ足を踏み入れる。

祖父には、会議が長引くかもしれないため、カフェで待つよう言われていた。

ほどよく配置された観葉植物、ポップな印象のテーブルや椅子が明るい気持ちにさせてくれる空間は、『TSUBAKI』と異なる種類の「くつろぎ」を提案していた。

「いらっしゃいませ」


愛想よく出迎えてくれた店員に、訊ねてみる。


「初めて利用するのだけれど……おすすめは、どれかしら?」


(メニューは、オーソドックスなものだけね。とてもリーズナブルだけれど……社員相手だから、それで十分だということ?)


「ブレンドはいかがでしょうか。豆も焙煎も自社のもので、他店にはない味を楽しんでいただけると思います」

「じゃあ、それをお願いします」


ハンドドリップで淹れられたオリジナルブレンドを受け取り、窓際の席を陣取る。

コーヒーは、いい豆を使用しているし、ドリップも丁寧だった。
味も、悪くはない。


(でも……手際が、問題ね)


ほどなくしてランチタイムに差し掛かり、次々と社員がやって来たが、店員は一人だけ。しかも、新人なのか動きがぎこちなく、注文をさばき切れていない。

焦りが失敗を呼び、失敗が焦りを呼んで、会計まちがいやらオーダーミスをしているようだ。

待たされている社員たちの表情にも苛立ちが見え、くつろぎの空間に険悪な雰囲気が漂い始める。


(一人では、無理よ。応援は来ないの?)


カフェの運営は、大手コーヒーショップが任されているはずだから、スタッフが足りないということはないだろう。

シフトミスか、病欠か。どちらにしても、ヘルプはアテにできなさそうだ。


(お節介かもしれない。でも……)


見るに見かねて、椅子から滑り下りるとカウンターの端で、店員を呼びつけた。


「ちょっといいかしら?」


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