熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
『お前さんが、夜にひとりで、ここを訪れるのはいつになるかのぅ』
あのときはそう言ってニヤニヤと笑ったぽん太をグーで殴ってやりたいと思ったものだが、まさかそれから約二ヶ月後に本当に夜、ここを訪れることになるとは思いもしない。
(ふぅ………………)
瞼を下ろして深く息を吐いた花は、ゆっくりと顔を上げると、すぅと息を吸い込んだ。
「──すみません、八雲さん、花です。お部屋の中にいらっしゃいますか? 少しご相談したいことがあって来ました」
静かな廊下に、花は凜とした声を響かせた。
けれど本当は、声が震えていることに、花自身は気がついていた。
「……入れ」
どきりと、花の胸の鼓動が大きく跳ねる。
扉の向こうから返ってきた声は間違いなく八雲のもので、花はゴクリと喉を鳴らしたあと「……失礼します」と挨拶をして、八雲の部屋の扉を開けた。
(え……)
けれど、中に入って一番に目に飛び込んできたのは、八雲の後ろ姿だった。
初めて入る八雲の部屋は二間続きになっており、隣の部屋へと続く扉は閉ざされている。
閑散とした和室には驚くほどものがなく、八雲は奥にある縁側に座っていた。
縁側は隣の部屋にも続いているのか、回廊になっているようだった。