熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
「……いや、いい。引き止めて悪かった」
そんな花の心情を知ってか知らずか、八雲はそう言ってまつ毛を伏せると花に背を向けた。
その、八雲の反応に胸を痛めてしまう身勝手な自分がいることにも花自身は気がついている。
花はどうするべきかわからず数秒そこに立ち尽くしていたが、しばらくして居た堪れない気持ちになって、「失礼しました」とだけ告げて頭を下げると逃げるように部屋を出た。
「……っ、は、ハァ」
そして、足早に廊下を歩いて八雲の部屋を離れると、最初の角で足を止める。
「な、なんで……」
花はそのまま正面の壁に手をつくと、へなへなと力が抜けたように廊下の隅で膝をついた。
相変わらず、鼓動は激しく波うっている。
花は服の胸元をギュッと強く握りしめると、どうにかして動悸を落ち着かせようと短く浅い息を吐いた。
けれど時間が経てば経つほど、心臓の音は大きくなる一方だ。
去り際に八雲にされた質問と、酷く真剣な八雲の顔が頭から離れない。