さよならが言えなくなるその前に

もうひとりの危ないオトコ




クラブレッドのフロアにある




カウンターで、お酒を無理してるみたいに




飲む女の子の姿があった。



さっき優香にからんでた女の子



レミ。



そう、けっして、チューブトップちゃんなんて



ふざけた名前じゃなくて、




湯川令美。




どん。



レミはクラブのカウンターに




空になったグラスを置いた。




「おかわり」



「レミー飲みすぎだってー。



もう、やめときなよー」



止めようとする友だちの美弥に




「大丈夫だって、



もういっぱいちょうらい」




もうロレツの怪しい口調で言う。



これが飲まないでいられる?




翔輝さんに




翔輝さんに…



レミ、もう生きてけないよ。




翔輝さんは




レミの




ヒーローだったのに…。




レミが初めて翔輝に会ったのは




1年前。



別に親のせいにするわけじゃないけど。




いっつもケンカばかりの家が嫌で





用事なんかなくても




レミはいっつもどこか家じゃないとこに




いたかった。





友だちも遊んでくれるけど




ずっと居場所を探すレミに




付き合ってくれたのは




2歳年上でバーテン見習いしてた





ひろきだった。





ひろきは優しかったし、




レミを好きだって言ってくれたし




家に置いてくれた。





レミは…





ひろきのいいなりだった。




あのとき。




ひろきがパチンコにつぎ込みすぎて




お金がいるって




レミに稼いでこいって言い出した。





レミにできることなんて、そうない。






レミが嫌がると、




ひろきはレミを殴った。




いつもは、何回か殴られるということきく




レミが、うんって言わなかったから





ひろきは街中なのに、





人前なのに




すっごくたくさん、レミを殴った。




周りにいる人は誰も




助けてくれなかった。




見てるだけか




レミたちなんて見えないみたいに




通り過ぎて行くだけ。



そのとき




翔輝さんが、ひろきを止めてくれたの。




蹴って。





今まで大きく見えた。






レミをおもちゃみたいに殴ってたひろきが




おもちゃみたいに飛んだ。




一瞬の出来事だった。



レミはびっくりして




思わずひろきに駆け寄ろうとした。




ひろき、大丈夫?って。





だって、ひろきはレミの彼氏だから。




翔輝さんがそんなレミに言ったの。




「考えろよ」って



ポカンとするレミに




「お前今選べるんだぞ」





「この先も殴られ続けるか




殴られないのか」




って。



え?




そんなこと




そんなこと、考えたこともなかったよ。




だって、ひろきしかレミにはいないんだよ






ひろきしか



…そう、いなかった。





けど、




翔輝さんがレミを見てる。



「選べ」って、そう言って





翔輝さんは歩き出した。



レミは、レミは




翔輝さんの後をついて行ったの。




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