俺と、甘いキスを。

見上げると、少し開いた障子から見るからに初老の女性が、顔を出してこちらを覗いていた。
「まだ寝ていた方がいいわ」
と言いながら、障子をスッと開けて入ってきた。

背の低い、グレーの髪を後ろに束ねた白い肌の女性。白い割烹着姿に、手にはお盆を持っている。
誰だかわからない相手に、俺は「あー……」と言葉を探しながら布団に座った。
「色々とご迷惑をおかけしました。僕は大丈夫なので、失礼させて頂こうかと……」
それで僕の服はどこですか、と聞こうとした。

「激務による疲労、不規則な食生活による軽い栄養失調。それがあなたの病名です」

彼女の後ろから現れた人物に、ただ驚く。
眉を歪ませ、小さな口をへの字に曲げる不機嫌な顔。

俺はその瞳に「花」と呟いた。



初老の女性は花の母親だと知り、改めて挨拶をして世話になったお礼を言う。すると、
「事情は花から聞いていますよ。お仕事が忙しくて、ろくに食事も睡眠もとってなかったんですってね。オオトリグループの一族の方なら身元がしっかりしているから、回復するまでここで静養して元気になればいいですよ。花も望んでいるようですし、ね?」
彼女は俺に話しかけて、花と顔をも合わすとイタズラっぽく笑った。
花は困惑した顔のまま、母親からお盆を受け取る。
「右京さんは気を失っていたので知らないでしょうが……昨夜、右京専務からうちに電話があって「研究所へ様子を見てきて欲しい」と言われたんです。それで柏原研究室の部屋で椅子に座ったまま、気絶した右京さんを見つけました。父の知り合いに医者がいるので父を車で来させてここに運び、その医者を呼んでもらって右京さんを診てもらいました」

AIドールの修復完了で気が抜けたのか、気絶していたとは。その上、その姿を花に見られて背負われて研究所を出たというのか。
我ながら情けないと思い、口元を手で覆い隠し「そうだったのか」と経緯に軽く落胆する。

「私の忠告を聞かなかったんですから、反省して大人しくしてください」
と、怒って俺を見下ろす花の大きな瞳は、少し潤んでいるようだった。
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