俺と、甘いキスを。


兄貴から連絡あったのは、夜中の十二時になる頃だった。

『蒼士、やっと彼らを捕まえたよ』

穏やかな声がしたかと思うと、
『居場所を突き止めた時は、まさかと思ったんだけどね』
とクスクス笑い始めた。
何が「まさか」なのか。
『とにかく、動画を送るから見てよ』
と、何故か面白そうに話す。

会社の専務という立場の兄貴は、俺の拘りに付き合えるほど暇じゃないはずだ。
「兄貴、本当にありがとう。忙しいのに、色々調べてくれて」
『ホント、これがなかったらラスベガスに寄り道しようかと思ったのに』
と、彼は軽い文句を言いながらも機嫌は良さそうだ。
俺が「ラスベガス?」と聞き返すと、
『あれから出張でロサンゼルスへ飛んだんだ。その時に彼らの情報が入ってね。休暇をラスベガスで遊ぶ予定を変更したんだ。今、ニューヨークにいるよ』
と耳心地のいい、聞きなれた声で話し出した。

『俺もビックリしたよ。てっきり日本にいると思っていたからね。蒼士たちが結婚した後で彼らと共同経営する人物が現れ、アメリカに渡ったみたいだ』
兄貴は調査した限りのことを話してくれる。
その内容に、俺は呆れるばかりだった。
「あの人たちは一体何をやってるんだ。こっちから連絡を取ろうにも連絡先全てが使われていない番号になっていたし、ニューヨークにいることさえ知らなかった」
『そのことについても、ちゃんと動画に撮っておいたよ』

兄貴から送られた動画を再生する。
画面の中の彼らは、俺の知る華やかで高級なインテリアを揃えた生活空間の中で気高いプライドを持っていた頃とは違い、ここまで漂ってきそうなくらいの湿っぽさと、煤と埃だらけの壁と家具に囲まれていた。身につけているものも日替わりで身につけていた貴金属や宝石類は一切なく、地味で着古した汚れた服が、彼らがその日暮らしが精一杯だと主張しているように見えた。
彼らは兄貴の質問に素直に怯えるように応じていた。本当はこんな姿を娘の嫁ぎ先である右京家には見られたくなくったはずだ。兄貴がどんな手を使って彼らを撮影に応じさせたかわからないが、話の内容は俺にとって有利なものを得ていた。
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