俺と、甘いキスを。


「花っ!」

隣で大声で呼ばれるまで、私は彼の車の音さえも気づかなかった。
「花、玄関の鍵がかかってなかった。不用心だぞ。……花?」
まだスーツ姿の右京蒼士は、私の肩を揺すって顔を覗き込んだ。

紺色のロングトレーナーにレギパン、化粧もしていないすっぴん顔。そんな姿で、私は彼を見上げた。
「……」
しばらく黙っていた彼が、ポケットからスマホを取り出して電話をする。

「右京蒼士です。先程はありがとうございました。今、花さんから連絡をもらって家に伺っています。今後のことを話したいので、一晩預からせてもらえませんか」

彼は私にお泊まりセットを用意させ、車の助手席に乗せた。
彼の運転するミニクーパーは、私たちの勤務先の研究所の駐車場で止まる。

「お疲れ様です。仕事の連絡がありましたので確認に来ました。川畑さんは僕のアシストで連れてきました」
右京蒼士は警備員に社員証を見せると適当なことを言う。彼の片腕は私の腰を支えている。

研究所の敷地に入った私たちは、そのまま右京研究室へ向かう。
「本当は俺のマンションでゆっくり話したいんだが、あそこはマリエのものが多くあるから。研究室のほうが、花も落ち着けると思った」
「うん……」
二人で寄り添い、ゆっくり歩いて右京研究室に着いた。

出迎えてくれたのは、「ガード」。
「ソウシ、オカエリ。ハナ、ハヤクハイレ」
彼のこの言葉も、今では当たり前になった。
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