俺と、甘いキスを。

気を取り直して、二階の様子を伺う。
すると、穏やかな右京蒼士の声が聞こえた。
「彼女の仕事ぶりは僕も時々見ているので知っていますよ。仕事が忙しいことも承知の上でお願いしたことなので、僕も無理強いはしません」

──本当にそう願いたいものだ。
内心思ったが、私に気遣っていることを例え峰岸真里奈相手でも、口で言ってくれたことが少し照れくさかった。

そう思ったのも束の間、真里奈がとんでもない事を言い出した。
「でも川畑さんってああ見えて、遊んでいるって噂ですよ。ずっと前のことですけど、持田研究室の人が素行の悪そうな男性が、黒い車で川畑さんを迎えに来ていたところを見たと言ってました。真面目に見える人に限って、ハメを外して遊んでいる人が多いんですよ…って、右京さん?」

一瞬で私は自分の記憶を掘り返した。
──ずっと前に素行の悪そうな男の車に乗った…?そんなことあるはずがないんだけどな…。
身に覚えのない記憶をぐるぐるかき混ぜながら、二人を見守る。

「?」
静かなので頭を出してみると、斜め後ろ姿の右京蒼士を峰岸真里奈が下から覗き込む体勢で彼を見ている。
黙って俯いたままの彼が、ゆらりと頭を上げた。

「…へぇ。川畑さんはミステリアスな部分を持っていてステキじゃないですか。これは仕事以外にもいろいろ質問ができて、楽しくなりそうですね…」

穏やかな口調、柔らかな声色、優しい顔つき。 しかし背負っているオーラにドス黒さを感じたのは、私だけだろうか。そう思ったのは、右京蒼士から何も感じとっていない、峰岸真里奈の行動に唖然としたからだ。
「ぷっ。あははっ、やだぁ。川畑さんがミステリアスなわけないですよ。どうせ三十を過ぎて結婚に焦って婚活サイトで見つけた冴えない男と会ってるだけですよ?右京さんはそんな事を気にせずに、研究を頑張ればいいんです。サポートは私がしっかりやりますから!」
彼女は笑いながら、右京蒼士の腕にそっと触れた。
< 28 / 214 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop