俺と、甘いキスを。
「花さんって、右京さんと付き合ってるんですか?」
午後の仕事中にそんなことを聞いてきたちなみに、速攻で否定する。
「既婚者と付き合えるわけないでしょ。てか、付き合う以前に、私たちの間には何もないからっ」
「何もないのに、「あーん」したんですか」
「「あーん」しか選択させてもらえなかったの!」
苛立つように声を上げてしまい、仕事の妨げになると慌てて口を手で押さえる。
──だって、あそこで断っていたら、あの人のことだから本当にキスをされかねない。
このセリフはグッと飲み込む。
ちなみは宅配便の伝票に記入をしている。そのペンを止めて、私へ顔を向けた。特に笑っているわけでもなく、怒っているわけでもなく、その顔の表情が読め取れない。
私は「はぁ」と息をついて小声で話す。
「右京さんには、あの有名デザイナーの奥さんがいるのよ。きっと離れているから寂しくなって、気晴らしに私をからかっているだけよ」
と、言ってみたものの、ちなみはじっと私を見ているままだ。
「い、言っておくけど、私は右京さんに特別な感情はないからねっ」
これも自分に言い聞かせているともとれる言い方をワザとして、事務長に頼まれた書類の作成を始めた。
「ただからかうだけに、あんな嫉妬を買うような真似、しませんよ」
ちなみの言葉は聞こえないふりをした。
私はお見合いするの。
右京蒼士に関わってはダメ。
その気持ちと裏腹に、お昼休みからわずか数十分のうちに、
「右京蒼士と川畑花の恋人説」
が広がっていった。